死と別れ
浄化へと向かう
厭世感の中の光
- 長女マリア・アンナ(5歳)が他界
- 自身の心臓病が発覚
- ウィーン宮廷歌劇場を解雇される
マーラーを襲う様々な不幸の中、創作の熱は冷めず…。
マーラー自身が完成させた最後の交響曲。
今回は、マーラー《交響曲第9番》の解説とおすすめ名盤を紹介です。
【解説】マーラー《交響曲第9番》
作曲の過程
(1907年、47歳の)マーラーは、ウィーン宮廷歌劇場の音楽監督の地位を去らねばならなくなったのであった。ニューヨークのメトロポリタン歌劇場の指揮者として招かれた彼は、アメリカで活躍をはじめた。こうして、マーラーはアメリカとヨーロッパを往復しながら、晩年の傑作「大地の歌」や「交響曲第9番」、そして、ついに未完となった「第10番」などを生み出していったのであった。これらの曲には、自分の死と向き合い、深い厭世感におちいっていた当時の彼の心情が、せつせつとあらわれ、胸を打たれる。
出典:志鳥栄八郎 著 「新版 不滅の名曲はこのCDで」P73より引用
解説にありますように《交響曲第9番》を作曲した頃のマーラーは苦難の時でした。
- 長女マリア・アンナ(5歳)が他界
- 自身の心臓病が発覚
- ウィーン宮廷歌劇場を解雇される
長女のマリアはマーラーがとくに可愛がっていた子でした。追い打ちをかけるようにマーラー自身が先天性の心臓病であることが発覚。さらにウィーン宮廷歌劇場を解雇されるのですからたまったものではありません。
《交響曲第9番》につきまとう「死」や「別れ」の印象はマーラーが実人生で経験した暗い経験も少なからず影響していたかもしれません。
《交響曲第9番》の自筆譜には妻のアルマへ向けてのマーラー自身の思いの丈が書き込まれています。アルマとの溝が出来はじめ《交響曲第9番》を作曲中にはすでに妻アルマとの不仲が生じていた事がうかがえます。
これが時を経てアルマの具体的な行動と言える建築家のヴァルター・グロピウスとの不倫関係へと発展していくのです。(詳しくはこちらの記事へ)
《交響曲第9番》は1909年に当時作曲拠点であった南チロルのトブラッハ (現在はイタリア領)で作曲が行われ、その後ニューヨークで浄書して4月1日に完成を見ています。
「第9」のジンクス
多くの作曲家が交響曲を9曲を超えて作曲できずに人生を終えるというジンクスがあります。
- ベートーヴェン
- ブルックナー
- ドヴォルザーク
マーラーは《交響曲第8番》を作曲した後に9番目の交響曲を《大地の歌》と名付けて作曲します。これには番号を振りませんでした。この後作曲した9番目の交響曲は本来、マーラーが《交響曲第10番》と名付けていたものです。つまり、これによってマーラーは「第9のジンクス」を超えたわけです。
しかし皮肉なことにマーラーの死後《交響曲第10番》は《交響曲第9番》と呼ばれる事になり結果的にマーラーは「第9のジンクス」を乗り超えることが出来ずに終わってしまいました。
初演:1912年6月26日ウィーンにて
指揮:ブルーノ・ワルター
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
編成:ピッコロ×1、フルート×4、オーボエ ×4(コーラングレ持ち替え 1)、クラリネット3、小クラリネット×1、バスクラリネット×1、ファゴット×4(コントラファゴット持ち替え 1)ホルン×4、トランペット×3、トロンボーン×3、チューバ×1、ティンパニ×2人(計6個)、バスドラム、スネアドラム、トライアングル、シンバル、銅鑼、グロッケンシュピール、鐘×3、ハープ、弦5部
【各楽章を解説】マーラー《交響曲第9番》
第1楽章 アンダンテ・コモド(歩く速さで、快適に)
《交響曲第9番》の前作《大地の歌》のラストの歌詞
「永遠に…永遠に…」
「厭世(世を厭う)気分」を込めた《大地の歌》のモチーフで《交響曲第9番》は始まります。
無から生まれるひとかけらの音楽、「永遠に…永遠に…」の静かなるモチーフ。悠揚迫らぬテンポで始まりながらも影を深めていく音楽に鬼気迫るものを聴き取ります。
淡々としたリズムを刻みながらも「死」への恐怖心から発される「冷気を含んだ青い情熱が高まっていく不気味な高揚感」。この高揚感から冷気が抜けていくとともにゆらりゆらりと現れ始める熱気。
そして、音楽は盛り上がりその温度を上げていきます。上がり、上がり、上がりしていくうちに音楽は爆発の頂点を迎え、始めに持っていた冷気は完全に駆逐されます。
しかし、ある時を堺にして冷気は復活し、爆発によって帯びた熱を冷まします。そう、そして立ち返っていく
「永遠に…永遠に…」
《交響曲第9番》第1楽章は力なくその音を終えていくのです。
第2楽章 緩やかでレントラーのテンポ、少し歩くような印象、きわめてぎこちなく
「死」と「別れ」の印象を持つ第1楽章と第4楽章で挟むように第2楽章と第3楽章は明るさとこっけいさを含んだ曲調になります。まるで「死」を忘れるかのような存在である中間の2つの楽章は「生」の
- 喜び
- 楽しみ
- 挑戦
そんな様を思わせる内容になります。第2楽章は乗りの良いテンポを刻みながらユーモラスな展開を聴かせます。舞曲の要素をたくさん含んだ楽しい楽章になります。
第3楽章 ロンド|ブルレスケ(きわめて反抗的に)
プププー♫
ダダダダダン!
いきなりパンチを浴びせてくるトランペットによる
プププー♫
の短いファンファーレと、あとに続く
ダダダダダン!
の強奏。
そして駆ける、
駆ける、
駆け抜ける音楽、
これぞマーラー音楽の燃えたぎるマグマのごとき情熱!
ゆけ!
その足音も、高らかに!
怒れ、復讐の女神ネメシス!!
狂おしく!
そして、美しく!
地上に存在するすべての闇を討ち滅ぼせ!
第4楽章 アダージョ(ゆっくりと)
-
第2楽章のユーモア
- 第3楽章の情熱
そして、再び始まる「死」と「別れ」そして「音楽の美」の世界が第4楽章。「死」と「別れ」を見据えるからこそ「生きること」の価値は高まり尊いものへと昇華していく。
そんなマーラーからのメッセージが聴こえてくるようにも感じます。
「死」と「別れ」の印象とともに音楽から流れる「美しきことへの憧れ」や「静寂とともにある安らぎへの望み」。どこまでも孤高に、どこまでも美しく響き渡る第4楽章の持つ神秘性はマーラーの音楽独特のもの。
そして静かに終わっていく…「永遠に…永遠に…」
【名盤3選の感想と解説】マーラー《交響曲第9番》
サー・ジョン・バルビローリ:指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
アルパカのおすすめ度★★★★★
【名盤の解説】
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は《交響曲第9番》を何度か録音していますが、その中でも印象的なものをまず3選。
とかく感情移入して《交響曲第9番》を演奏する向きには物足りないかもしれませんが、バルビローリの名盤には歌があります。本来マーラーの多重構造の音楽にはそれこそ多重な歌が潜んでいるはずです。
バルビローリはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団という世界でもトップクラスの実力を持つ楽団を指揮。いかんなく《交響曲第9番》の持つ歌心を表現しています。
録音自体は本来予定されていたものではありません。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会の素晴らしさに感動した楽団員たちの要望で行われました。
そして録音された1964年から今に至るまで《交響曲第9番》の名盤として語り継がれています。《交響曲第9番》の演奏の中で一度は聴いておきたい名盤です。
レナード・バーンスタイン:指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
アルパカのおすすめ度★★★★★
【名盤の解説】
バルビローリ指揮の名盤とは真逆を行く情熱系のバーンスタインとベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との一期一会の名盤。バルビローリの歴史的名盤を超えることはバーンスタインの目標としてあったと思われます。ただ録音されたものを聴くと個性が違いすぎて比べるという対象にはなり得ないという感想です。
粘り強さを伴った熱が伝わる壮絶な演奏はバーンスタイン独特のものです。これにベルリン・フィルハーモニー管弦楽団もよく応えていて身の毛もよだつほどの怖さすら感じさせます。
バーンスタインにはアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団と録音した名盤もあります。全体のバランスの良さはアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団に譲るとして、マーラーへの愛着が産んだベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との一期一会の名盤、オススメです。
ヘルベルト・フォン・カラヤン:指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
アルパカのおすすめ度★★★★☆
【名盤の解説】
カラヤンの場合はバーンスタインとベルリン・フィルハーモニー管弦楽団への挑戦の思いがあったのかどうかはわかりません。ただ、バーンスタインとの名盤が当時とても評判が良かったことは事実です。もちろんカラヤンの演奏は名盤と言えるほどの素晴らしい演奏ですがバルビローリとバーンスタインの《交響曲第9番》と比べると印象は薄いかもしれません。
あまりにも正解を出されすぎても個性のある80点や90点が面白いことがあるものです。一度「正解」を聴いた上でに色んな名盤を聴くのもひとつの楽しみではありますが…。
オットー・クレンペラー:指揮 フィルハーモア管弦楽団
アルパカのおすすめ度★★★★☆
【名盤の解説】
これほど悠揚迫らぬテンポで、淡々と一定のリズムを刻む名盤も珍しいです。ある意味これこそ美の極みとも取れるまっすぐな音楽が創り出された名盤です。
禅の境地を高めていくとこんな音楽が心に響いてくるのではないかというくらいドッシリと安定しています。第2楽章や第3楽章のユーモアのある雰囲気もことさら明るく表現することもありません。
まさしく堂々とした名盤と言えそうです。
クラウディオ・アバド:指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
アルパカのおすすめ度★★★★★
【名盤の解説】
超絶的に美しい《交響曲第9番》の名盤です。アバドはマーラーをライフワークにしていたということもあってこの磨き抜かれたマーラー世界はハマるとクセになります。
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団はアバドの求めるニュアンスを微細に表現します。この美感が《交響曲第9番》が本来持つ厭世的な響きを壮絶なものにさせていると思います。
アバドにはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と入れた重厚な名盤もありますので聴き比べても面白いですね。
Apple Musicで “紹介した名盤” が配信中
【まとめ】マーラー《交響曲第9番》
さて、マーラー《交響曲第9番》の解説とおすすめ名盤はいかがでしたか?
- 死と別れ
- 浄化へと向かう
- 厭世の中の光
人生の終わりの近いことを認識していたマーラーの「死」と「別れ」の印象のある《交響曲第9番》。
古きものはいずれ崩壊し新たなものが立ち現れてきます。古きものを懐かしんだところでその古い時代の価値観では新しい時代は動いてはくれないもの。
「交響曲作家」としてのマーラーはたしかに新しい価値観を提示したかもしれません。ただマーラーの亡き後「明らかに新しい交響曲の世界」は拓かれていない印象があります。
交響曲の世界はこのまま新生することなく終わっていってしまうのでしょうか。じっと見守りたいところですね。
そんなわけで…
『ひとつの曲で、
たくさんな、楽しみが満喫できる。
それが、クラシック音楽の、醍醐味ですよね。』
今回は、以上になります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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