寂しさと…
静けさ、さわやか
メロディアス
「天国へ持っていきたい…」
息子を亡くして気持ちの沈むクララはブラームスの作曲したヴァイオリン・ソナタ第1番を聴き、つぶやきました…。
音楽によって大切な人を慰める「ブラームスの優しさが満ちる名曲…」。
今回は、ブラームス《ヴァイオリン・ソナタ》の解説とおすすめ名盤を紹介です。
- 【解説】ブラームス《ヴァイオリン・ソナタ》
- 【各楽章を解説】ブラームス《ヴァイオリン・ソナタ》
- 【名盤3選の感想と解説】ブラームス《ヴァイオリン・ソナタ》
- 【まとめ】ブラームス《ヴァイオリン・ソナタ》
【解説】ブラームス《ヴァイオリン・ソナタ》
ブラームスののこしたヴァイオリン・ソナタは全部で3曲、いずれも40代後半から50代半ばの間に書かれており、それぞれ固有の性格を持つとともに驚異的な美しさを競い合う稀有の名作群である。(中略)(第1番)は《雨の歌》の俗称を持つが、それはグロートの詩による同名のリート(作品59の3)の旋律を第3楽章の主題に転用し、さらにそれに似た旋律を第1楽章の主要主題としているためである。
出典:大木正興・大木正純 共著 「室内楽名曲名盤100」P124より引用
《雨の歌》作曲と同じ頃、クララ・シューマンの息子フェリックスが24歳の若さで亡くなります。フェリックスという名はブラームスがつけたものでブラームス自身、とても可愛がっていました。
ブラームスとともに、母であるクララ・シューマンも深い悲しみに襲われました。
ヴァイオリン・ソナタ第1番の第3楽章において旋律を引用した歌曲《雨の歌》は、クララ・シューマンが好んだ歌曲でもあります。ブラームスはヴァイオリン・ソナタ第1番を作曲することで悲しみに暮れるクララ・シューマンを慰めたと言われています。
ヴァイオリン・ソナタ第1番《雨の歌》を聴いたクララは、「(フェリックスのいる)天国へ持っていきたい」と語ったとの逸話も残されています。
3曲のヴァイオリンのソナタが完成したのは
第1番《雨の歌》は1879年(46歳)
第2番は1886年(53歳)
第3番は1888年(55歳)
(注:《雨の歌》との副題は構成の人がつけました。ブラームス自身はヴァイオリン・ソナタ第1番のことを《雨の歌》とは呼んではいませんでした)
この内、第2番と第3番はスイスのトゥーン湖畔で作曲されました。
第2番でよく指摘されるのが冒頭の主題がワーグナーの楽劇《マイスタージンガー》で歌われる《懸賞の歌》の出だしに似ているということ。
これについては音楽学者のガイリンガーは語っています。
「ブラームスを弁護することに一語でも費やすことは彼に対する侮辱になるだろう」
これくらいの類似であればよくあることとはよく言われるところです。ブラームスとワーグナーがお互いの音楽性において対立していたため話題になりやすかったということなのかもしれません。
第3番はニ短調の曲です。叙情的でおっとりした印象の第1番と第2番とは打って変わって内省の境地へと深く沈潜していく雰囲気を持っています。
それまで全3楽章であったヴァイオリン・ソナタは第3番に至って4楽章へと形式を拡大しています。ブラームスの晩年に見られる諦観とでも言える心情が深く表現されていて興味深い1曲になっています。
第1番《雨の歌》 ト長調 作品78
公開初演:1879年11月8日ボンにて
ヴァイオリン:ロベルト・ヘックマン
ピアノ:マリー・ヘックマン=ヘルティ
第2番 イ長調 作品100
公開初演:1886年12月2日ウィーンにて
ヴァイオリン:ヨーゼフ・ヘルメスベルガー
ピアノ:ブラームス自身
第3番 ニ短調 作品108
公開初演:1888年12月21日or22日ブダペストにて
ヴァイオリン:イェネー・フバイ
ピアノ:ブラームス自身
【各楽章を解説】ブラームス《ヴァイオリン・ソナタ》
ヴァイオリン・ソナタ:第1番《雨の歌》
第1楽章 ヴィヴァーチェ・マ・ノン・トロッポ
古今東西に存在するヴァイオリンソナタの中でも、これほどまでに繊細で美しい旋律を持つ曲は珍しい。クララの息子フェリックスを亡くしたことで、ブラームス自身も悲しかったはずです。
それなのに自分の感情を忘れるように、ただただ悲しむクララに寄り添うような優しい曲調に仕上がっています。
第2楽章 アダージョ
全体としては悲しみの感情をリリカルに表現した優しい楽章です。途中、激情を思わせる葬送行進曲が挟まれているところが印象的。
在りし頃のフェリックスを想いながら過去を懐かしむような雰囲気が醸し出されています。
第3楽章 アレグロ・モルト・モデラート
第3楽章はブラームス作曲の8つの歌曲と歌(作品59-3)の第3曲目「雨の歌」の旋律が使われています。
歌詞は以下の通りです。
8つの歌曲と歌の第3曲目「雨の歌」作品59-3
歌詞:
Walle,Regen,walle nieder,
雨よ降れ、そして私が子供の頃に、
Wecke mir die Träume wieder,
雨が砂の中で泡立つ時に、
Die ich in der Kindheit träumte,
その時に見た夢を
Wenn das Naß im Sande schäumte!
再び現わしておくれ!
Wenn die matte Sommerschwüle
鬱陶しい夏の暑さが苗床の青さが濃くなるとき。
Lässig stritt mit frischer Kühle,
新鮮な涼しさを物憂げに争うとき、
Und die blanken Blätter tauten,
そして輝く木の葉が露に濡れ、
Und die Saaten dunkler blauten.
苗床の青さが濃くなるとき
Welche Wonne,in dem Fließen
小川には裸足で立つことは
Dann zu stehn mit nackten Füßen,
何と気持ちの良いことか!
An dem Grase hin zu streifen
そして草原に歩み入って
Und den Schaum mit Händen greifen.
清水を両手ですくうのだ
Oder mit den heißen Wangen
あるいは熱い両の頬を
Kalte Tropfen aufzufangen,
冷たい雫で冷やさせる。
Und den neuerwachten Düften
そして新しく生まれた香りある風を
Seine Kinderbrust zu lüften!
幼い胸に当てさせる
Wie die Kelche,die da troffen,
濡れた花が露を滴らすように
Stand die Seele atmend offen,
心は息づき開いている
Wie die Blumen,düftertrunken,
香りに酔える花のように、
In dem Himmelstau versunken.
天の露にぬれている
Schauernd kühlte jeder Tropfen
すべての滴りは冷たく震え、
Tief bis an des Herzens Klopfen,
心臓の鼓動にまでしみこむ。
Und der Schöpfung heilig Weben
天地創造の聖なる息吹が
Drang bis ins verborgne Leben.
隠れたる生にも浸み込む
Walle,Regen,walle nieder,
雨よ降れ、私たちが子供の時に
Wecke meine alten Lieder,
戸口で歌った古い歌を
Die wir in der Türe sangen,
目覚ましておくれ!
Wenn die Tropfen draußen klangen!
外では雨滴が高なっていたあの時に!
Möchte ihnen wieder lauschen,
あの雨の、濡れた甘いざわめきを
Ihrem süßen,feuchten Rauschen,
私は再び聴きたいのだ。
Meine Seele sanft betauen
稚い子供の恐怖感のうちに、
Mit dem frommen Kindergrauen.
私の魂を雨で潤したいのだ。
訳:渡辺護
ヴァイオリン・ソナタ:第2番
第1楽章 アレグロ・アマービレ
なんとも「ロマンティックな歌ごころ」を持った曲であることでしょう。第1番を作曲のころの悲しみからは離れています。
春に咲く花の美しさにも通じる旋律もありつつ、一部憂いを帯びながら展開する可愛らしい楽章です。
第2楽章 アンダンテ・トランクィロ :ヴィヴァーチェ
ロマンティックな印象の第1楽章と第3楽章に挟まれた第2楽章は、対位法的にヴァイオリンの歌とピアノの歌がよく調和しています。
音楽の流れも変化にも富んでおり鮮やかな印象のある楽章です。
第3楽章 アレグレット・グラツィオーソ
明るく澄んだ曲調です。ブラームスの3曲のヴァイオリン・ソナタの中でも第1楽章から第3楽章までを通して起伏は少ない印象になります。。
テーマを絞った3曲組の歌曲のような歌ごころのあるヴァイオリン・ソナタです。
ヴァイオリン・ソナタ:第3番
第1楽章 アレグロ
穏やかな印象の第1番と第2番とは雰囲気が変わります。憂いを帯びた暗い曲調で展開する曲です。
ある意味、ブラームスらしい重厚感が感じられます。ブラームスの晩年の心情がうかがえるような寂寥感もあり胸をかきむしってくるような痛みすらも伴った印象です。
第2楽章 アダージョ
穏やかな楽章ではありますがどことなく諦観のようなものを感じます。ヴァイオリンが寂しさを歌えばピアノが共感し、ピアノの気持ちが静まるとヴァイオリンが支えるというやり取りが聴こえてくるようです。
第3楽章 ウン・ポコ・プレスト・エ・コン・センティメント
流れ行く悲しみの思いが歌われているような楽章です。途中に暗い情念が燃える場面もありドラマティックな楽章になっています。
第4楽章 プレスト・アジタート
全曲を通して激しく駆け抜けます。叫ぶヴァイオリンとピアノが悲鳴をあげる様はドラマティックでありシンフォニックでもあります。
最後は激しさをそのまま最高潮までに高めながら叫びます。
そして音楽は断ち切られるがごとくに終わっていくのです。
【名盤3選の感想と解説】ブラームス《ヴァイオリン・ソナタ》
ヘンリック・シェリング:ヴァイオリン
アルトゥーロ・ルービンシュタイン:ピアノ
アルパカのおすすめ度★★★★★
【名盤の解説】
ヴァイオリンのシェリングによる語りすぎない端正な魅力がブラームスのヴァイオリン・ソナタには合います。ピアノのルービンシュタインも実に伸びやかなピアニズムを持っていてヴァイオリンに調和しています。
モーツァルトの頃はヴァイオリン・ソナタとはピアノがメインでヴァイオリンは伴奏としての役割が強かったわけです。しかし、ベートーヴェンのあたりからヴァイオリンの比重が上がりました。
ブラームスのヴァイオリン・ソナタの録音の中でもヴァイオリンの目立つ名盤は多いように感じます。
無名だったシェリングを見出して積極的に紹介したのはピアニストのルービンシュタインです。
42歳だったシェリングの美感をしっかりと引き出すべく、73歳のベテランのルービンシュタインの絶妙で美しいピアノが支えます。
聴いていてとても微笑ましく感じられますし、そもそもブラームスのヴァイオリン・ソナタにはこの「微笑ましさ」の要素は大切です。
音楽に対する慎み深さが生んだ「語りすぎない名盤」です。
ダヴィッド・オイストラフ:ヴァイオリン
フリーダ・バウアー:ピアノ(第1番、第3番)
スヴァトスラフ・リヒテル:ピアノ(第2番)
アルパカのおすすめ度★★★★★
【名盤の解説】
オイストラフのヴァイオリンからは「巨匠の風格とはこのようなものか」と感じさせるものがあります。ブラームスの歌ごころを深い情感を込めて伝えてきます。
とくに第2番はリヒテルがピアノを弾いているため非常に熱を帯びたパッションが伝わってきます。
堂々とした音楽を構築しながらもしっかりとブラームスの柔らかい感性をも伝えてくる名盤です。
イツァーク・パールマン:ヴァイオリン
ウラディーミル・アシュケナージ:ピアノ
アルパカのおすすめ度★★★★☆
【名盤の解説】
楽天的で明るい基調のパールマンのヴァイオリンが好ましく、アシュケナージのピアノも優美な魅力を持っていて好感が持てます。この特徴は特に第1番と第2番の柔らかい感性の表現で発揮されます。
第3番は重い空気が支配する曲ですが、パールマンとアシュケナージの名盤はことさら深刻に陥ることにないバランスの良い演奏になっています。
録音も1983年のもので美しいものですので、ヴァイオリンとピアノの美感が存分に楽しめます。
Apple Musicで “紹介した名盤” が配信中
【まとめ】ブラームス《ヴァイオリン・ソナタ》
さて、ブラームス《ヴァイオリン・ソナタ》の解説とおすすめ名盤はいかがでしたか?
寂しさと…
静けさ、さわやか
メロディアス
ブラームスの才能を認め、音楽の道を拓いてくれた大恩人シューマン。
シューマン亡き後、未亡人となったクララと7人子どもたちを精神的、経済的にも援助を続けたブラームス。その愛情の深さがそのまま音楽に表れた名曲です。
ロマンティックな歌ごころであふれたブラームスのヴァイオリン・ソナタ、そっと目を閉じて聴いてみませんか?
きっとあなたにブラームスの優しい思いが伝わってきますよ…。
そんなわけで…
『ひとつの曲で、
たくさんな、楽しみが満喫できる。
それが、クラシック音楽の、醍醐味ですよね。』
今回は、以上になります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
関連記事↓