焦土と化す心
空虚(うつろ)より
上がる炎
《熱情》と呼ばれることの多いピアノソナタ第23番。ベートーヴェンの当時の出来事や心情を推し量りながらピアノソナタの名曲を掘り下げます。
ベートーヴェンの3大ピアノソナタの中の1曲である名曲ピアノソナタ第23番《熱情》、解説とおすすめ名盤を紹介です。
- 【解説】ベートーヴェン:ピアノソナタ第23番《熱情》
- 【各楽章を解説】ベートーヴェン:ピアノソナタ第23番《熱情》
- 【名盤3選の感想と解説】ベートーヴェン:ピアノソナタ第23番《熱情》
- 【まとめ】ベートーヴェン:ピアノソナタ第23番《熱情》
【解説】ベートーヴェン:ピアノソナタ第23番《熱情》
解説
ロマン・ロランは、ベートーヴェンが耳の病気から受けたショックから雄々しく立ち上がり、「交響曲第5番 (運命)」や「ヴァイオリン協奏曲」といった名作を生み出していった30代半ば以降のことを、"傑作の森"と名づけている。この「熱情ソナタ」は、そうした時期に作曲されただけあって、実にたくましく、力強い、なにものをも燃やしつくしてしまうような情熱にあふれた音楽となっていて、ベートーヴェンのピアノ・ソナタのなかでも特にすぐれた作品の一つに数えられているのである。
出典:志鳥栄八郎 著 「新版 不滅の名曲はこのCDで」P286より引用
ベートーヴェンの3大ピアノソナタの内の1曲と言われるのがベートーヴェンのピアノソナタ第23番《熱情》です。聴力の低下が著しかった頃、絶望のさなかにあったベートーヴェンは「ハイリゲンシュタットの遺書」として有名な書簡を残します。
内容的には遺書というよりは「まだ使命を果たす役割のあることの自覚」を書き上げたものですが、同じころにはある2つの出会いがありました。
フランスのエラール社から献呈されたピアノとヨゼフィーネ・ブルンスヴィックという女性です。
ピアノソナタ第8番《悲愴》
ピアノソナタ第14番《月光》
ピアノソナタ第23番《熱情》
基本的には、以上の3曲をベートーヴェンの3大ピアノソナタといいます。稀にピアノソナタ第21番《ワルトシュタイン》、第17番《テンペスト》、第26番《告別》の中から入れ替えて呼ぶこともあります。
エラールのピアノの出現
エラールのピアノは音域が広く、音楽を発想する際の可能性を大きく飛躍させました。ピアノソナタ第21番《ワルトシュタイン》から作曲に使われていますが、もちろんピアノソナタ第23番《熱情》でも活躍しました。
譜面には、ペダルへの指示も細かくなされています。エラールのピアノの特徴がペダルにあり作曲の可能性を飛躍的に向上させたからであると考えられています。
ヨゼフィーネ・ブルンスヴィックとの出会い
ベートーヴェンがピアノの指導をしていたヨゼフィーネ・ブルンスヴィックという未亡人がいました。ベートーヴェンにとっての「不滅の恋人」といわれる2人の候補のうちのひとりです。ヨゼフィーネは伯爵家の女性でありベートーヴェンは平民であったため身分違いが原因で2人は結ばれることはありませんでした。
ヨゼフィーネは別の男性と再婚しましたが、あまり幸福な家庭生活ではなかったようです。
失恋とともに聴力が失われていく絶望も加わり、一度は死をも考えたベートーヴェン。しかし、思い直してから後の名作群には格別なものがあります。解説にもあるように、この頃からいわゆる「傑作の森」といわれるベートーヴェンの黄金期に入ります。
ピアノソナタ第23番《熱情》は、暗い心情が表れているといわれますが、ヨゼフィーネとの叶わぬ恋も無関係ではなさそうです。
《運命交響曲》との関連性
ピアノソナタ第23番《熱情》には、同時期に作曲された《運命交響曲》の有名なモチーフが散りばめられていることが特徴的です。いわゆる「ジャジャジャジャーン」の音型ですがピアノソナタ第23番《熱情》ではところどころにちりばめられています。
副題はベートーヴェンがつけたわけではない
ベートーヴェンの曲には副題のつくことが多いですが、ベートーヴェン自身がつけた題名は数少ないです。ピアノソナタでいえば《悲愴》と《告別》のみがベートーヴェン自身が命名しています。ちなみに《熱情》という副題は出版商のクランツによってつけられました。
強大かつ巨大な計画を完璧に遂行したもの
ベートーヴェンの弟子のカール・チェルニーは、ピアノソナタ第23番《熱情》について書き残しています。「強大かつ巨大な計画をこの上なく完璧に遂行したもの」と…。
【各楽章を解説】ベートーヴェン:ピアノソナタ第23番《熱情》
第1楽章 アレグロ・アッサイ
不安定でうなだれるような重苦しさの支配から始まりながら「ジャジャジャジャーン…」のメロディが静かにむせび泣きます。激情を帯びて高まって行きますが、再び静けさと不気味さに支配されてしまいます。
思い悩み、しかし抗うことのできない身分の違いから諦めざるを得なかった恋の葛藤に苦しめられるベートーヴェンを思います。「ジャジャジャジャーン」はリピートしながら精神は抑圧され圧縮されていきます。
しかし、ラストになると抑えていた激情はあふれ出てやむことなく吹き出します。勢いを増して高まる感情は、しかし力を失い膝をつき地に倒れこんで終わりを迎えます。
第2楽章 アンダンテ・コン・モート
闇の中に身を置くような諦めの境地からふと顔を上げるとそっと降りてくるわずかな光…。第2楽章は静かに始まる「主題と3つの変奏曲」からなっています。主題はヨゼフィーネとの思い出を描いているのでしょうか。とても柔らかく繊細な叙情性に満たされています。
第1変奏は少しテンポが速まりながらリズムが加わってきますが心の復調の兆しのようにも聴こえます。第2変奏はさらにテンポが速まりながら明るく可愛らしさを増ますが第3変奏は淡々と主題が歌われながら静かに消え入っていきます。
第3楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ|プレスト
調和的な第2楽章を終わる瞬間から急に激情がよみがえってきます。ベートーヴェンの内面の本音、吹き荒れる嵐のような感情が押し寄せてきます。行き場を失ったやるせなさを抱えながら雄叫びをあげる感覚は、まるでさまよえる孤独な狼のようです。最高の感情の高まりを帯びながら大きな爆発を起こして曲はラストを迎えます。
【名盤3選の感想と解説】ベートーヴェン:ピアノソナタ第23番《熱情》
ヴィルヘルム・ケンプ ピアノ
アルパカのおすすめ度★★★★★
【名盤の解説】
ピアノで感情を吐露するうまさと、決して感情に押し流されることのないバランスが光る名盤です。第1楽章での激情も爆発にまでは至らない抑え方、第2楽章は柔らかくピアノが歌います。第3楽章では打って変わって感情があふれ出てやむことがありません。
ひとつひとつの楽章としてのバランスと、全体としてのまとまりが絶妙で息を呑みます。人間味のあふれる演奏で時に熱くあり、温かくもあるケンプならではの熱情ピアノソナタです。
ウラディーミル・ホロヴィッツ ピアノ
アルパカのおすすめ度★★★★☆
【名盤の解説】
ホロヴィッツのピアノの微妙な強弱の変化に驚かされる名盤です。非常に主張が伝わってきて豪華に聴ける名演奏ですが、情感を切々と歌うという印象からは離れるといえるかもしれません。
超絶技巧でスピード感のある正確なタッチから繰り出されるベートーヴェンに感嘆させられる演奏で細部にまで華やかさが満ちています。きらびやかでロマンティックな響きから深い感動体験をさせてくれる名盤です。
グレン・グールド ピアノ
アルパカのおすすめ度★★★★☆
【名盤の解説】
まるでアンダンテのようなテンポで、じっくりと聴かせる第1楽章が特徴的な名盤。葛藤と抑圧に苦しみ、ベートーヴェンが自身の運命を呪うような心情を歌い込めているように感じます。
全体的にもじっくりと聴かせる印象で他のアーティストでは表現できない独特な強弱とテンポ感を持った展開で面白く聴けます。
Apple Musicで “紹介した名盤” が配信中
【まとめ】ベートーヴェン:ピアノソナタ第23番《熱情》
ベートーヴェンのピアノソナタ第23番《熱情》の解説とおすすめ名盤はいかがでしたか?
焦土と化す心
空虚(うつろ)より
上がる炎
ピアノや人との出会い、《運命交響曲》との関連性などを取り上げながら解説してきました。古典派からロマン派への架け橋となったベートーヴェンにとっての大きな転機にあった頃の名曲で実にドラマティックなソナタです。
ぜひ一度、聴いてみてくださいね。
そんなわけで…
『ひとつの曲で、
たくさんな楽しみが満喫できる。
それが、クラシック音楽の醍醐味ですよね』
今回は、以上になります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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