うつろに消える恋…
静かな諦めと
嵐のような感情♫
短い曲なのにエピソードが満載。有名な曲である理由はその不思議な魅力を放つ音世界。繊細に流れる詩情と感情の揺さぶられるような激しさが同居する名曲です。今回は、ベートーヴェンのピアノソナタ第14番《月光》の解説とおすすめ名盤を紹介します。
【解説】ベートーヴェン:ピアノソナタ第14番《月光》
ジュリエッタとの恋の季節に書かれ、この肉感的で魅惑的な美女に献呈された曲。そのためか、《月光》の異名がある。この異名のよって来るところは、評論家のレルシュタープが「湖に映る月光を思わせる」といった言葉。それが、いつの間にか物語風に粉飾されてしまった。 (中略)ベートーヴェンのいう”幻想”には、ロマン的で、詩情あふれる、幻影のようなものは影すらもない。幻想は、むしろ”自由な”とか”形にとらわれないで······”とかいった意味の響きに近いものなのだ。
出典:諸井誠 著 「ピアノ名曲名盤100」P52より引用
筆者が初めて聴いたのは小学生くらいだったと思いますが漆黒の世界に静かな光を放つ、まさしく《月光》を想像したものでした。しかし、実際はベートーヴェン自身がつけた副題ではなく後につけられたもの。ドイツの詩人であり音楽評論家のルートヴィヒ・レルシュタープが形容した言葉がもとになっています。
「スイスのルツェルン湖の風景の中で、月明かりに照らされながら波に揺らぐ小舟…」
現在でも副題として《月光》と呼ばれるもとになっています。
昔のことですが「盲目の少女のために月の光をピアノで表現した」といった説もありましたが現在では作り話であったことがわかっています。
1802年にはベートーヴェン自身の手によって「幻想曲風ソナタ」と表現しています。解説にありますが「幻想」の意味は「自由な」とか「形にとらわれないで」といった意味あいが強かったのかもしれません。
ピアノソナタ第14番《月光》が献呈されたのはベートーヴェンがピアノを教えていたジュリエッタ・グイッチャルディです。お互いが恋愛感情を持っていたようですが、彼女は伯爵家の娘ということであり身分の違いが結婚の障壁になったといわれています。
ジュリエッタと同じくベートーヴェンの弟子であったカール・チェルニーもピアノソナタ第14番《月光》に対して言葉を残しています。
「夜景、遥か彼方から魂の悲しげな声が聞こえる…」
【各楽章を解説】ベートーヴェン:ピアノソナタ第14番《月光》
第1楽章 アダージョ・ソステヌート
「できうる限りの小さな音で繊細に」とのベートーヴェンの指示があり、静けさに覆われた曲でベートーヴェンの曲の中でも特に有名。ルートヴィヒ・レルシュタープが形容したようにまさしく深い闇の中にそっと灯る月の光を思います。
神秘性と幻想性からあふれてただよう妖艶な魅力や女性性であり美の極みのようなピアノのささやきです。
第2楽章 アレグレット
押し込められた諦観からの響きが感じられる第1楽章から穏やかな第2楽章へと変わります。明るく調和に満ちながらも、しかし短くもはかない。激しい第3楽章への橋渡しとしての束の間の平安といった印象の楽章です。
第3楽章 プレスト・アジタート
第1楽章から続く平穏は一気に破られて、吹き荒れる嵐のごとく感情の激しさが増していきます。諦め、慟哭(どうこく)、叫びなどの苦悩の感情が入り乱れてかき回されていく心。
耐え抜こうにもあふれ出て止まない激情に身を引き裂かれながらも強く訴える最終楽章です。
【名盤3選の感想と解説】ベートーヴェン:ピアノソナタ第14番《月光》
マウリツィオ・ポリーニ:ピアノ
アルパカのおすすめ度★★★★★
【名盤の解説】
精緻なタッチから響き渡ってくる幻想性に息を呑む名盤です。大胆さが粗暴にならず、調和的第2楽章でも歌い、第3楽章でも激情で理性が吹き飛ばされることがありません。
隅々までに詩情と熱気を失うことのない絶妙な《月光》で聴いていて背筋が寒くなるくらいの感覚です。完璧な技巧がピアノソナタ第14番の持つ叙情的な部分を抑えてしまった感がなくはないですが深く彫琢された名盤といえます。
ヴィルヘルム・ケンプ:ピアノ
アルパカのおすすめ度★★★★★
【名盤の解説】
淡々と弾いているようでいて、何度も聴いていると慈しみ深い名盤であることが実感できます。第1楽章は、切々と心情を吐露するような嗚咽を漏らすピアノ。第2楽章でホッと安堵したかと思いきや第3楽章では嵐のごとき心情があふれ出てきます。
シンと静まり返った心から、凪いだ波を思わせる優しい心、激しく揺れ動き止まることを知らない心。全ての内面の世界を時に繊細に時に剛毅に描き出している名盤です。
アルフレッド・ブレンデル:ピアノ
アルパカのおすすめ度★★★★☆
【名盤の解説】
知性的な緊張感が保たれた名盤で、幻想的な世界にひたり切るというよりは少し距離をおいて世界を眺めている感覚です。冷たさといえば悪い印象になってしまいますが音の粒のひとつひとつがみずみずしく光っています。
第1楽章の「幻想」に引き込まれすぎず、第3楽章の激情に完全に飲み込まれることもありません。ピアノソナタ第14番の全体像をみすえながら設計された美しさにブレンデルの特徴が躍動しています。
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【まとめ】ベートーヴェン:ピアノソナタ第14番《月光》
ベートーヴェン:ピアノソナタ第14番《月光》の解説とおすすめ名盤はいかがでしたか?
うつろに消える恋…
静かな諦めと
嵐のような感情♫
短い曲の中に揺れる心情の全てが折り込まれているベートーヴェンの名曲ピアノソナタ第14番《月光》。幻想的な第1楽章が有名ではありますが通して聴くと、とてもドラマティックです。
そんなわけで…
『ひとつの曲で、
たくさんな楽しみが満喫できる。
それが、クラシック音楽の醍醐味ですよね。』
今回は、以上になります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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