優雅で、
ほがらか
きらびやか♫
「やんごとなきお方…」
そう、高貴なご存在であられるイギリス国王…。
その方に対して「過去の罪をお許しいただかないと…」。
そんな思いから作曲家ヘンデルがイギリス国王に贈った楽曲《水上の音楽》。
さて、今回は、「なんとも高貴な音楽」ヘンデル作曲の《水上の音楽》解説とおすすめ名盤を紹介です。
【解説】ヘンデル《水上の音楽》
【解説】面白いエピソード
ヘンデル《水上の音楽》についての面白いエピソードを紹介した、こんな解説があります。
ヘンデルは、25歳の時(1710年)、ドイツのハノーヴァー侯の宮廷楽長になったが、間もなく休暇をとりイギリスへ渡った。大歓迎を受けた彼は、2年後に再び渡英し、アン女王の寵愛を受けて、今度はロンドンに居座ってしまった。ところが、1714年にアン女王が急逝し、次の国王に選ばれたのが、なんと旧主ハノーヴァー侯のジョージ1世だったのである。
出典:志鳥栄八郎 著 「新板 不滅の名曲はこのCDで」P86より引用
「な、なんということだ?」
ヘンデルはさぞかし「ビックリ」したことでしょう。
過去、ハノーヴァー公つまり、イギリスの新国王となるジョージ1世に対してすっかり不義理を働いてしまっていたヘンデルは策を講じます。
つまり、イギリスの新国王ジョージ1世の機嫌を取るために楽曲を提供しようと考えたのです。
それが《水上の音楽》という楽曲であり、ジョージ1世が舟遊びをする際に、この《水上の音楽》を演奏します。
これがジョージ1世が気に入るところとなり見事、仲直りできたということで「めでたしめでたし」とという結末だったとのこと…。
【解説】え!ヘンデルはスパイだったの?
…しかし「これはさすがに話が出来すぎているのではないか…」ということで別説もあるのですね。
つまり、
- 《水上の音楽》作曲時には「すでに仲直りしていた説」
- 「スパイとしてヘンデルをイギリスに派遣した説」
の2つです。
すでに仲直りしていた説
《水上の音楽》が作曲されるよりも以前に、ヘンデルはオペラ《アマディージ》を披露することで新国王とすでに仲直りしていたという説がひとつ。
スパイとしてヘンデルをイギリスに派遣した説
そして、興味津々な説はこちらの「ヘンデルは実はスパイ説」ですよね。
ジョージ1世は以前から、いずれはイギリスの国王として即位することが決まっていました。
そのため、即位以前にイギリスの現状を知るために、ヘンデルをスパイとしてイギリスに潜入させます。
つまり情報収集をはじめとした、いわば「露払い役」としてヘンデルが選ばれたとする説ですね。
気づかれてはならない事情がある場合、やんごとなき(高貴な)方々は、その本心を悟られないように、時には物語を創作します。
つまり、先ほど解説した「《水上の音楽》にまつわる曲を贈って国王の許しを請うというエピソード(物語)」。
これは実は「ドイツが仕組んだイギリスへのスパイ活動」がバレないように広まった可能性も考えられるわけなのです。
とは言え、これはスパイ活動としては極めて軽めのものですし、想像の域を出ることはありません。
それに、そもそもヘンデル《水上の音楽》という音楽が名曲であるということは厳然たる事実…
- 優雅であり、
- ほがらかであり、
- またきらびやか
そんな印象のある素晴らしい曲であることには変わりありませんし、色んな背景を知って聴くと楽しみはふくらむものですよね。
【3つの「版」を解説】ヘンデル《水上の音楽》
さて、では曲そのものについての解説に入りましょう。
まず、ヘンデル《水上の音楽》はいくつかの版が存在します。
それらを、大きく分けると
- ハレ版
- クリュザンダー版
- ハーティ版
の3種になります。
ハレ版(レートリヒ版とも)
ハレ版は、1962年にH.F.レートリッヒによって編纂された「新ヘンデル全集」に基づいた分け方で、
- 第1組曲をへ長調(全9曲)
- 第2組曲を二長調(全5曲)
- 第3組曲をト長調(全5曲)
という形で整理されており「調性を基準」にして分けられています。
(ただし分け方によっては曲数が変わることもあります。)
クリュザンダー版
1879年にクリュザンダーという出版社が編纂した「旧ヘンデル全集」に基づいた版です。
クリュザンダー版の演奏順は、ハレ版でいうところの
- 第1組曲第1曲めから第2組曲の第2曲目
- 第3組曲の第1曲目、2曲目
- 第2組曲の第3曲目、4曲目
- 第3組曲の第3曲目から5曲目
- 第2組曲の第5曲目
という順に分けて演奏されます。
この版の演奏で聴くと非常に全体のバランスが良くて聴きやすく、またドラマティックな展開で《水上の音楽》を楽しめるようになっています。
現在ではハレ版が主流にはなっています。
しかし、以上の理由もあることから、今もってクリュザンダー版自体の魅力が失われることはありませんね。
ハーティ版
イギリスの指揮者サー・ハミルトン・ハーティが、クリュザンダー版をもとに編集した全6曲版です。
現代的な大きな編成での演奏をより効果的に聴かせることを念頭において作られたものです。
言い換えれば、ヘンデル《水上の音楽》のいいとこ取り、または総集編と言ったところでしょうか。
ハーティ自身、曲そのものに手を加えていて楽器の編成も変えた版になっています。
以上、3つの版についてみてきましたが、実際の演奏の際にはこれらの版にきっちり従うことはむしろ少ないです。
各指揮者の個性によって順番を変えたり、それぞれの版の「いいとこ取り」で編集し直したりして演奏しています。
それが《水上の音楽》を聴く上での、ひとつの楽しみ方にもなっているわけですね。
【各曲を解説】ヘンデル《水上の音楽》
それでは、各曲について解説します。
本記事では分かりやすいように「ハレ版」にそって解説していきます。
つまり、第1組曲から第3組曲までを調性で分けて並べた解説になります。
第1組曲 ヘ長調 HWV 348
第1曲 序曲|ラルゴ:アレグロ
きらびやかに始まる序曲は、この後に続くヘンデル《水上の音楽》の持つ神々しさをイメージさせます。
第2曲 アダージョ・エ・スタッカート
静かで厳(おごそ)かに展開します。
悲しげでありながらも、その高貴さは失われることがありません。
第3曲 アレグロ:アンダンテ:アレグロ
まるで光を反射する水面がキラキラと輝くさまのような1曲です。
第4曲 メヌエット
ここで弾むオーボエとホルンとそれをサポートする弦楽器が活躍、ヘンデル《水上の音楽》を盛り上げます。
第5曲 エアー
ゆったりと柔らかい響きが印象的…。
優雅に語らう高貴なる人びとの姿が浮かびます。
第6曲 メヌエット
ほんの少しの滑稽(こっけい)さでトランペットが歌い、それにつられてその他の楽器たちがトランペットに合わせて歌います。
第7曲 ブーレ
楽しく踊っている貴婦人のよう…。
ちょっとおしとやかにしなさいと言われそうですが「こんな楽しい曲が流れているのに大人しくしてるなんてできないわ」と言わんばかりの曲です。
第8曲 ホーンパイプ
ブーレから続く楽しいステップは続くよ続く…♫
気持ちウキウキ、体はシャキシャキ動かそう!
第9曲 アンダンテ
第1組曲の最後はオーボエが歌えばファゴットが応え、2人が歌えば弦をはじめとした楽器たち応える…。
そんな語り合いをしながら楽しげに展開します。
第2組曲 ニ長調 HWV 349
第1曲 序曲|アレグロ
トランペットが高らかに歌うところから始まる第2組曲。
第2曲 アラ・ホーンパイプ
ヘンデル《水上の音楽》の中でももっとも有名な曲(冒頭の動画)です。
弾んで歌う楽器たちの明るく優雅なさまは、優しく、香(かぐわ)しい…。
トランペットとホルンが印象的な1曲です。
(冒頭の動画が「あら・ホーン・パイプ」です)
第3曲 ラントマン
珍しいことですが、トランペットがそっと優しく歌うと、弦楽器の流れるような曲調が絡み、それがとても印象的に感じます。
まさしく川を流れる水上の水面を思わせる1曲です。
第4曲 ブーレ
嬉しげで楽しげな楽器たちの、とても明るく元気な楽曲です。
第5曲 メヌエット
晴れた青空のような眩しく明るい曲調です。
高らかに歌うトランペットとホルンの朗らかな歌が印象的です。
クリュザンダー版では、順番的にこの曲が終曲として最後の曲になります。
曲のフィナーレを飾るのにふさわしい華やかな1曲です。
第3組曲 ト長調 HWV 350
第1曲 メヌエット
ほっぺたを優しくなでる風のような、ゆったりとしたフルートの歌が特徴です。
聴いていてなんとも心地いい1曲です。
第2曲 リゴードン
スカッと明るいオーボエの歌がメインになりながら楽しくウキウキと展開します。
第3曲 メヌエット
通奏低音がベースになった歌で、そのサポートを受けた弦楽器が憂いを秘めた歌を歌います。
第4曲 アンダンテ
「森の小鳥たちが歌う少し悲しげな旋律」をリコーダーが発します。
そして、それをサポートするようにその他の楽器も歌い始めます。
第5曲 カントリーダンス Ⅰ&II
ダンスのリズムで、少し暗めの始まりですが、途中で明るく展開し、再びもとの少し暗めモードに戻りながら曲を終えていきます。
【名盤3選の感想と解説】ヘンデル《水上の音楽》
トレヴァー・ピノック:指揮 イングリッシュ・コンサート
アルパカのおすすめ度★★★★★
【名盤の解説】
クリュザンダー版を使用しています。
これほど優美でたおやかな名盤は珍しいですね。
全体のバランスも良くて、とても聴きやすい名盤でもあります。
舟遊びをしながら、まさしく流れる川のように柔らかくもあり、しっかりとした構築感も感じます。
- 悠然とたゆたう船…
- ゆったり楽しむ王族たち…
- 笑いの絶えない会話…
そんな景色が見えてきそうな名盤です。
ジョン・エリオット・ガーディナー:指揮 イングリッシュ・バロック・ソロイスツ
アルパカのおすすめ度★★★★☆
【名盤の解説】
基本的にはハレ版を使用していますが順番を変えて第1組曲→第3組曲→第2組曲という順を取りながら、その他も部分的に変えながら演奏しています。
古楽器を使用した名盤でありながらもヘンデルらしい華やかさがキラリと光る名盤です。
ヘンデルの当時は、もう少し無骨な感じの演奏だったのではないかなと想像します。
でも、もしもガーディナーが当時の時代にタイムスリップして演奏したら大絶賛されるのではないかと想像(妄想)してしまいます。
さあ、目を閉じて「当時の舟遊びをしながら聴く方たちに混ざった気になって」聴いてみませんか?
きっと感動するに違いない名盤です。
トン・コープマン:指揮 アムステルダム・バロック管弦楽団
アルパカのおすすめ度★★★☆☆
【名盤の解説】
コープマンもガーディナー同様に第1組曲→第3組曲→第2組曲という順番で演奏しています。
全体的にあっさりした印象の名盤です。
少し素っ気ない印象がありますが、こういった演奏の仕方自体がヘンデルの当時のあり方だったのかもしれません。
とても素朴で温かく構築された音楽で聴いていてホッとする部分もあります。
あまりにもきらびやかで、聴き飽きることもあるヘンデル《水上の音楽》ですが、こんな雰囲気の、いい意味で主張の強くない演奏なら安心して聴き続けられる。
そんな名盤です。
Apple Musicで “紹介した名盤” が配信中
【まとめ】ヘンデル《水上の音楽》
さて、ヘンデル《水上の音楽》の解説とおすすめ名盤はいかがでしたか?
目まぐるしく版が編集されながら長く聴き継がれてきた名曲です。
でも難しく考えるよりは「ヘンデルの明るく朗らかな音楽に、ただただ耳を傾けながら楽しむ…」。
好きな指揮者や楽団を選んで、存分に舟遊びを楽しむつもりで《水上の音楽》を聴くというのがいいような気がしますよね。
そんなわけで…
『ひとつの曲で、
たくさんな、楽しみが満喫できる。
それが、クラシック音楽の、醍醐味ですよね。』
今回は、以上になります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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