情熱と革新
不屈の精神
脈打つ
今回は、ベートーヴェンの音楽が持つ哲学性がのぞく名曲。音楽史においてもひとつの大きな節目ともいえるベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番と大フーガ解説とおすすめ名盤を紹介です。
- 【解説】ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番|大フーガ
- 【各楽章を解説】ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番|大フーガ
- 【名盤3選の感想と解説】ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番|大フーガ
- 【まとめ】ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番|大フーガ
【解説】ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番|大フーガ
《大フーガ》は初めはその終楽章として書かれた。そこでは抽象的な世界が大きく顔を出す。(中略)全6楽章でしかもその最後に巨大なフーガを置く異例の長さはさすがに一部の不評を買ったらしい。さらに周囲の進言もあってベートーヴェンはやがて新たな終楽章を作曲し、その結果はみ出した《大フーガ》は別に作品133として出版されることになる。(中略)第5楽章「カヴァティーナ」は、そこに盛られた痛切な叙情の美しさゆえにとくに名高い。
出典:大木正興・大木正純 共著 「室内楽名曲名盤100」P76より引用
解説にありますが、有名な《大フーガ》は初演の際に不評を買います。アンコールとして第2と第3楽章が演奏されましたが、ベートーヴェンは「なぜ、フーガではないのだ」といって憤慨します。しかし確かに理解を拒絶する曲であり当時の聴衆に受け入れられるには時代を先取りいしていたといえるかもしれません。
実際に楽譜出版社や友人からは「最終楽章を新たに作曲するべきだ」と言われてしまいます。直情径行な面があるベートーヴェンですがこのアドバイスには素直に従い、すぐに最終楽章を書き直します。ベートーヴェン自身も聴衆には受け入れられないかもしれないといった考えが初めからあったのかもしれません。
《大フーガ》が作曲されたころはベートーヴェンの聴覚はほぼ失われていました。音楽家としては致命的な悲劇に襲われていたことは少なからず《大フーガ》の曲調に影響したと考えられます。ベートーヴェンほどの苦悩を持つ聴衆はごく少なかったであろうことを考えたときに「理解されなかった」ことは理解できます。
《大フーガ》は長いこと受け入れられることがありませんでした。20世紀初頭、作曲家のストラヴィンスキーが「絶対的に現代的な楽曲、永久に現代的な楽曲」と評することで注目を浴びます。永久的名曲が長い間うす暗い湖の底に沈められていたところ、ゆっくりと浮上しその巨大な姿を水面に姿を現したような感覚です。
現代では第6楽章にフーガを配置した上で、フーガの差し替えで書いた曲をフーガの後に演奏することが多いです。実質的には7楽章のような形をとることになるわけですが、ベートーヴェンの意向を反映しているといえます。
作曲の依頼はロシア貴族のニコライ・ボリソヴィチ・ガリツィンであり、弦楽四重奏曲第13番とともに3曲を作曲しています。作曲順で表すと、第12番、第15番、第13番であり3曲を合わせて「ガリツィンセット」と呼ばれることがあります。
初演:1826年3月21日ウィーンにて
シュパンツィヒ四重奏団
【各楽章を解説】ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番|大フーガ
第1楽章 アダージョ・マ・ノン・トロッポ|アレグロ
おごそかであり静けさのある序奏は、この後に展開するドラマを予想させます。この後、晴れ晴れとした楽想の展開をしながら淀みがありません。春の訪れのようにあたたかく軽やかに流れていく川のよう…。
病状の進んでいた耳の病を思わせることはなく、あふれるように楽しい旋律の踊るさまが美しい第1楽章です。
第2楽章 プレスト
明るい曲で、第3楽章へと橋渡しをする役割のような楽章になります。短い楽章ですが、動きがあって印象的であり初演の際にはアンコールで演奏されています。
第3楽章 アンダンテ・コン・モート・マ・ノン・トロッポ
ゆったりとしたテンポで進行しますが、リズムとしては弾むような曲です。どこかおどけたような雰囲気を持った楽しい楽章になります。
第4楽章 アラ・ダンツァ・テデスカ(ドイツ舞曲風)|アレグロ・アッサイ
第3楽章に続いてやわらかい流れの曲ですが「ドイツ舞曲風」とあるように踊るようなたおやかさのある楽章です。春風のようなほほえみと気品の感じられる曲風でベートーヴェンの持つ幸福な時の心の情景を思います。
第5楽章 カヴァティーナ(小さな歌曲):アダージョ・モルト・エスプレッシーヴォ
「思い出すだけで涙があふれてくる…」
第5楽章に対するベートーヴェンの言葉です。
胸があたたかくなるような瞑想的な安らかさに満ちており、ベートーヴェン自身の深い情感がにじみ出ている楽章です。日々、降りかかる深い苦悩の時間の中から、ひととき解放されて流れ出てくる優しさと祈りを込めたベートーヴェンの歌に聴こえます。
第6楽章 アレグロ
前述しましたが、このアレグロ楽章は、もともとは《大フーガ》と呼ばれる曲が配置さていました。しかし聴衆や出版社に受け入れられずにベートーヴェンが新たに書き加えて差し替えられました。
《大フーガ》のような難解さはなく、明るく快活で弾むような朗らかな印象に変わっていて確かに聴きやすくなっています。
大フーガ
作曲当時のベートーヴェンの心境がもっともよく表れた名曲であり、名曲です。
病により、日を追うごとに閉ざされていく「音」と、それともに開かれていく楽想…。
深い…あまりにも深い絶望と美のコントラストが、ありありと見えてくるがごとくに聴こえてきます。
闇…、痛み…、あらがい…、くじけ…、疲れ…、うなだれる…、あらゆるネガティブな感情がマグマのように煮えたぎる…。抑えていた楽想が…音が…時をずらして重なり重なりして透明なシルクのように美しく光り、空を舞うように音たちがキラメキます。
病と闘い、疲れ果てた後、諦観の心境から羽化する蝶のような姿を持って飛翔する。そんなベートーヴェンの音楽的な到達を見るようです。
【名盤3選の感想と解説】ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番|大フーガ
スメタナ弦楽四重奏団
アルパカのおすすめ度★★★★★
【名盤の解説】
スメタナ弦楽四重奏団の集中力の高さが《大フーガ》の持つ緊張感に及ぼす美感に惚れ惚れの名盤。他の楽章では柔らかさや暖かさがあるわけですが、これもスメタナ弦楽四重奏団の気品のある弦の歌わせ方にピッタリです。
折おりに表情を変えていく曲調と感情を持つ弦楽四重奏曲第13番。全体としてバランスよく随所で表情を変えていくスメタナ弦楽四重奏団は素晴らしいです。
アルバンベルク弦楽四重奏団
アルパカのおすすめ度★★★★★
【名盤の解説】
舌を巻く緻密なアンサンブルから折り重なっていく《大フーガ》に深い感動を覚える名盤です。弦楽四重奏曲第13番の全体で作られた構造美を実際の音として彫り込んでいく姿勢にこだわりを感じます。
冷たさを感じる向きはあるかもしれませんが、気迫と力、パーフェクトを目指して磨かれていく音にただただ感動の名盤です。
バリリ弦楽四重奏団
アルパカのおすすめ度★★★★☆
【名盤の解説】
気品あふれる音が心地良い名盤です。ウィーンの香りの良さが随所に漂っています。大曲であり、どの弦楽四重奏団も力のこもった録音を残していますが、バリリ弦楽四重奏団は良い意味で力が入りすぎません。
音楽の流れや歌ごころが大切にされていることがわかります。特に第5楽章の「カヴァティーナ」は切々と歌って美しく、ベートーヴェンの心の深淵をのぞくような思いです。
録音はフーガを欠いた改訂版の全6楽章ですが、付属としてフーガの録音が入っています。他の緊張感のある演奏をする録音とは趣きが異なっています。どこかやわらかさを残したフーガが聴こえてきます。
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【まとめ】ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番|大フーガ
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番と《大フーガ》の解説とおすすめ名盤はいかがでしたか?
情熱と革新
不屈の精神
脈打つ
巨大なフーガは印象的ですが、全体として聴いてもベートーヴェンの旋律作家としての面目躍如。ベートーヴェンの持つ哲学性がのぞく名曲であり音楽史においてもひとつの大きな節目となる名曲、弦楽四重奏曲第13番&大フーガ。
じっくりと聴き入ってみればベートーヴェンの深い思いが伝わってくることでしょう。
そんなわけで…
『ひとつの曲で、
たくさんな、楽しみが満喫できる。
それが、クラシック音楽の、醍醐味ですよね。』
今回は、以上になります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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