
ピアノ協奏曲
創造の発露
はじける!!
ピアノ協奏曲第5番は、17歳のモーツァルトが初めて完成させたオリジナルのピアノ協奏曲です。
幼少期からヨーロッパ各地を旅して、各国の音楽様式を吸収してきた経験が、この1曲に凝縮されています。
本記事では、作品が生まれた背景や当時の評価、さらに終楽章の別バージョンの「ロンド K.382」との関係をくまなく解説。若きモーツァルトの成長と才能が、どのように音楽として結実したのかを、わかりやすくお伝えします。
【曲の解説】

ピアノ協奏曲第5番
モーツァルトは7歳から10歳にかけてパリ、ロンドン、アムステルダムなどを中心とする大旅行をし、 11歳から12歳にかけてはウィーンへ(中略) 13歳から15歳にかけては、(中略)イタリアへ旅行し、 翌年にはミラノへ(中略)この協奏曲の生まれる年1773年 (17歳) には、行かぬはスペインぐらいで、後は全ヨーロッパに足跡を印し、各地の音楽を見聞し、そのスポンジのような頭に吸いとり、どの国のスタイルでも真似ようと思えば真似られるようになっていた。(中略)
音楽評論家 石井宏:アシュケナージ(ピアノ&指揮)モーツァルトピアノ協奏曲全集 ライナーノートより引用
ピアノ協奏曲第5番は、モーツァルトが初めて完全オリジナルとして作り上げた「ピアノ協奏曲」であり、きわめて重要な作品です。幼少期からヨーロッパ各地を巡りながら、多様な音楽文化を吸収してきた成果の表れといえるでしょう。とりわけ、ヨハン・クリスティアン・バッハからは多大な影響を受けています。
モーツァルトは7歳の時から父レオポルトに連れられて、宮廷や貴族社会で演奏を披露すると同時に各地の音楽を学んでいきました。11歳で手がけたピアノ協奏曲第1〜4番は他作品の編曲でしたが、旅を通じてさらなる知識と経験を蓄積していきました。
17歳となったモーツァルトは、初のオリジナルのピアノ協奏曲である第5番を完成させます。作曲の目的は、自身または姉のナンネルの演奏のためと考えられており、完成度の面でも優れた仕上がりを見せています。第1楽章と第2楽章にはモーツァルト作曲のカデンツァが2曲ずつ残されており、ピアノ協奏曲第5番への愛着の深さがうかがえます。
作曲家メシアンは「試作と呼ぶには、あまりに卓越した手腕」と高く評価しました。音楽学者アルフレート・アインシュタインも賞賛を惜しみません。「独奏楽器とオーケストラとのバランス、作品の規模において、すでにヨハン・クリスティアンの作品を大きく引き離している」と。
ピアノ協奏曲第5番は、モーツァルト自身が生涯にわたって演奏するほどの代表的な作品のひとつとなりました。旅と学びを通じて才能が本格的に開花した、記念碑的な1曲と言えるでしょう。
編成:
鍵盤楽器 独奏
弦5部、オーボエ×2、ホルン×2、トランペット×2、ティンパニ1対
ロンド K.382
ピアノ協奏曲第5番は、22歳のパリ旅行で好評を博し、25歳から住み始めたウィーン時代にも非常に高い評価を受けました。モーツァルトは、何度も足を運んでくれるウィーンの聴衆に向けて、第3楽章の新たな別バージョンを作曲することを思い立ちます。当時のウィーン聴衆の好みに焦点を当てて作られたのが、「ロンド K.382」です。
1782年3月3日、ウィーンでの演奏会にてピアノ協奏曲第5番の終楽章として披露すると、狙い通り大きな成功を収めました。翌年の演奏会でもアンコールを求められるなど、その人気は絶大。楽器編成はピアノ協奏曲第5番とほぼ同様ですが、新たにフルートが1本追加されているのが特徴です。現在、一部に「ピアノ協奏曲第28番」とする表記も存在しますが、広く普及しているとは言えません。
最後に、音楽評論家 石井宏氏の指摘を記しておきます。
普通コンサート・ロンドと呼ばれており、 何か ”演奏会の”ロンドというふうに受けとられているが、おそらくその昔、誰かが “Konzert‐Rondo” というドイツ語を誤訳してコンサート・ロンドとしたのがそのまま今日のように慣用化したものと思われる。Konzertというドイツ語には2つの意味があり、1つの意味は”コンサート”であるが、もう1つの意味は “協奏曲” である。 従ってKonzert‐Rondoは、ここでは“協奏曲のロンド”と訳すべきであり、協奏曲の終楽章を意味するものである。
»もうひとつのロンド、K.386についてはこちらの記事で解説しています。
【各楽章を解説】

第1楽章 アレグロ
[速く]
スカッと晴れ渡る青空を思わせる始まりは、17歳の若きモーツァルトの心情をそのまま映し出しているかのようです。将来へ向けた輝かしい希望を高らかに謳い上げるような楽章であり、ピアノ協奏曲第5番を象徴する曲調を備えています。
当時の聴衆が惹きつけられ、理屈抜きで楽しんだ様子が伝わってくるようです。
第2楽章 アンダンテ・マ・ウン・ポコ・アダージョ
[歩くような速さで、しかし、少しだけゆっくりと]
優しく思いやりのあるメロディが、管楽器と弦楽器により歌われると、誘われるようにピアノが歌を重ねます。ピアノが歌えば管楽器が応え、弦楽器が歌えばピアノが返します。
「歌」はモーツァルトそのもの……。
作曲当時わずか17歳。すでにモーツァルトの音楽には瑞々しい歌があふれていたのだと、あらためて実感させられます。
春のそよ風を感じさせる、どこまでも穏やかな「歌」の楽章です。
第3楽章 アレグロ
[速く]
華やかで変化にも富み、若き日のモーツァルトならではの力強い躍動感があふれています。恐れを知らないパワフルなエネルギーと、弾むようなリズムが見事に溶け合うような音楽の持つ推進力。
圧倒的な疾走感に、当時の聴衆も心を奪われたことでしょう。若々しい活力が貫く、堂々たる最終楽章に仕上がっています。
ロンド K.382 (第3楽章 別バージョン)
主題と7つの変奏という構成で、全体としては軽快でシンプルな変奏曲です。特徴的なのは第4変奏に短調による陰が与えられ、第6変奏にはアダージョの緩やかな楽想が流れる点でしょう。
アダージョに続いて第7変奏が現れ、リズムとテンポが一気に高まります。カデンツァを挟み、華やかなコーダ(楽曲の終結部)へと至るのです。
【名盤3選の感想と解説】

内田光子:ピアノ|テイト:指揮|イギリス室内管弦楽団
【ピアノ協奏曲第5番】
【ロンド K.382】
【名盤の解説】
「対話の妙」という一言が、この名盤を言い当てています。お互いがモーツァルト演奏において、さらに根本的な音楽性においても高い相性を示しているからです。これは2人によるモーツァルトのピアノ協奏曲全集録音を通して言えることでしょう。
透明度の高さと構築性を持つ内田光子のモーツァルトを、小気味よさと温かさを備えたテイト指揮イギリス室内管弦楽団が支えます。しかし、だからといって、内田光子のピアノが前面に出るといった印象はありません。むしろ、テイトの創り出すモーツァルトに耳を傾け、その音楽性を引き立てようとする姿勢すらうかがえます。
ピアノ協奏曲第5番に限って言えば、やや折り目正しい印象がありますが、モーツァルトは生涯に渡ってレパートリーにしていた作品。きっと、モーツァルトが年をかさねた後の演奏は、この名盤のようなイメージだったのではないでしょうか。
お互いの音楽性をリスペクトしていたからこそ生まれたモーツァルト。モーツァルトの魅力は調和の美にありますが、そのひとつの理想を創り出した名盤と言えます。
マレイ・ペライア:ピアノ&指揮|イギリス室内管弦楽団
【ピアノ協奏曲第5番】
【ロンド K.382】
【名盤の解説】
モーツァルトの音楽が持つ喜びや遊び心を、ただただ純粋に表現した名盤です。将来への夢や希望に満ちたピアノ協奏曲第5番を、おおらかに歌い上げています。
ペライアの弾くモーツァルトは、明るく笑いかけるような屈託のなさがあり、とても魅力的です。ペライア自身の弾き振りによって、イギリス室内管弦楽団もその朗らかなモーツァルト像に寄り添い、共に楽しんでいる様子が伝わってきます。
嬉しい時には明朗に、寂しく悲しい時にはそっと寄り添うように優しく響きます。抜けるような素直さから生まれる、青空のように澄んだモーツァルトに触れたい時には、ペライアの演奏がおすすめです。
レヴィン:チェンバロ&オルガン|ホグウッド&カミングス:指揮|エンシェント管弦楽団
【ピアノ協奏曲第5番】
【ロンド K.382】
【名盤の解説】
速めのテンポで音楽を進めながら、明快なモーツァルトを展開します。若々しさや、演奏時のインスピレーションを大切にしており、モーツァルト当時の演奏法に近いアプローチと言えるでしょう。
モーツァルトの時代、装飾音やカデンツァを演奏者自身が自由に発想し、その場のライブ感を重んじていました。レヴィンとホグウッドのコンビは、楽譜への忠実さを前提としつつも、演奏時の感興や情緒の味わいを大切にしていると感じられます。
音楽学者であり、モーツァルト研究の第一人者として未完作品の補筆や復元、当時の演奏慣習に関する文献的研究で世界的権威でもあるレヴィン。ホグウッドと組んでのピアノ協奏曲録音は素晴らしい成果を生み出しました。
アルバムとしての注目点は、第3楽章において後にウィーンで演奏された「ロンド K.382」を採用していることです。(K.382については前の見出しで前述)レヴィンとホグウッドによるモーツァルトは、常に新たな試みを重ねながら、新鮮な感動を届けてくれました。
【注目盤】当時の響きを再現したオルガン演奏
本アルバムの特徴は、鍵盤楽器にオルガンを採用している点です。
ピアノ協奏曲第5番は、モーツァルト自身によって何度も改訂されていますが、初稿では鍵盤楽器に不可欠な強弱記号が記されていません。レヴィンは「当時のモーツァルトがザルツブルク大学付属教会のオルガンで初演したのではないか」と推察し、録音に反映させました。
レヴィンとホグウッドによるモーツァルトピアノ協奏曲全曲録音プロジェクトは、当時のレコード会社の事情により中断されました。しかし2021年、コロナ禍による演奏機会の減少を契機に録音が再開されます。
惜しくもホグウッドは2014年に逝去されましたが、指揮者・鍵盤奏者のリチャード・エガーがその遺志を継いで再始動。本作はその再開後、第2作目にあたるアルバムです。指揮はカミングスが担当し、オルガンはもちろんレヴィンが演奏しています。
使用されているオルガンは、モーツァルトの時代である1760年製の楽器です。ピアノ演奏とは一味違った、高貴で柔らかな魅力を堪能できる名盤です。
【まとめ】

モーツァルト:ピアノ協奏曲第5番、およびロンド K.382の解説と名盤紹介はいかがでしたでしょうか。
ピアノ協奏曲
創造の発露
はじける!!
モーツァルトが初めて完成させたピアノ協奏曲第5番と、その終楽章の別バージョン「ロンド K.382」をご紹介しました。
作品誕生の背景や、若き才能が花開いた瞬間の輝きを感じ取っていただけたでしょうか。ぜひ、さまざまな名盤を聴き比べながら、この作品の多彩な魅力を味わってみてくださいね。
そんなわけで…
『ひとつの曲で、
たくさんな楽しみが満喫できる。
それが、クラシック音楽の醍醐味ですよね』
今回は、以上になります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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