
まるで交響曲
響き渡る華麗な
ピアノ協奏曲
ピアノ協奏曲第16番は、トランペットとティンパニを加えた壮大なオーケストラ編成で、交響曲のようなスケール感があります。作曲の背景には、音楽に精通した父と姉との率直な手紙のやり取りもありました。姉の指摘を受けて書き直した第2楽章には、音楽一家特有のクリエイティブなやり取りとモーツァルトの意欲がうかがえます。
今回は、天才の作曲へのひたむきさと熱意が込められた作品の魅力を紐解きます。姉の気づきと指摘が生んだ、家族の優しさが交差する奇跡のメロディ。交響曲のような響きを持つピアノ協奏曲第16番の魅力に迫ります。
自信作の完成と家族からのリアルな感想

「モーツァルトの手紙」
私にはこの2つの協奏曲(第15番と16番)のどちらかを選ぶことはできません。両曲とも汗をかかせる協奏曲だと思っています。(中略)変ロ長調(第15番)、ニ長調(第16番)、ト短調(第17番)の3つの協奏曲のうち、お父さんとお姉さんがどれを一番気に入るかとても気になっています。
1784年5月26日ウィーン W.A.モーツァルト
»国際モーツァルテウム財団(DME)ウェブサイトより引用
モーツァルトは、同時期に完成した第16番を含む3曲のピアノ協奏曲に自信を持っていました。音楽の造詣の深い父と姉にいち早く出来栄えを見てもらうために楽譜を送りますが、返ってきたのは姉からの鋭い指摘でした。
姉ナンネルの助言が深めるアンダンテ
故郷のザルツブルクで、ピアノ協奏曲第16番の楽譜を受け取った姉のナンネルは新曲を吟味します。そこで感じたのは、第2楽章アンダンテの中間部にあるソロに対する物足りなさでした。
実家で、共に楽譜へ目を通したであろう父の意見もあったかもしれません。音楽家一家ならではの率直なフィードバックでした。モーツァルトは反発するどころか、素直にアドバイスを受け入れ、装飾音を加筆した楽譜を姉に送り直しています。
独立後の新天地ウィーンでの充実した毎日の中、作品をもっと良くしたいというモーツァルトの創作意欲を呼び覚ましたのかもしれません。
フリーランス・モーツァルトの熱を帯びた自信作
ピアノ協奏曲第16番について書かれた音楽学者アインシュタインの言葉があります。
オブリガート・オーケストラを伴うピアノ・コンチェルトと名づくべきか、それとも、オブリガート・ピアノの独奏を伴うシンフォニーと名づくべきかはわからない。
出典:アルフレート・アインシュタイン 著 浅井真男 訳「モーツァルト その人間と作品」P408より引用
この言葉の通り、ピアノ協奏曲第16番はオーケストラの規模が大きく、トランペットやティンパニを加えた壮大な編成です。ピアノの技巧とオーケストラの響きが統合され、当時の協奏曲の枠を超えたモーツァルトの画期的な作品と言えます。
宮廷という大きな組織を飛び出し、自分の腕一本で生きていくフリーランスの道を選択したモーツァルト。予約演奏会を企画して、自らお金を支払って聴きに来てくれる聴衆に向けての創作に情熱を持って臨んでいたことでしょう。
初演:1784年3月31日ウィーンのトラットナー邸にて
(※当時の予約演奏会の日程からの推測)
編成:
ピアノ独奏
弦5部、フルート×1、オーボエ×2、ファゴット×2、トランペット×2、ティンパニ
各楽章を解説

第1楽章 アレグロ・アッサイ
[非常に速く]
始まりはトランペットとティンパニを伴った壮大な交響曲であり、ピアノを迎えた瞬間にその響きは晴れ晴れしさを増してゆきます。力強く歌うピアノが大輪の華を咲かせれば、管弦楽も積極的に色を添えるのです。
たゆたうようなピアノと管弦楽との対話の場面も現れるところが、ただ力強いだけではないモーツァルトの音楽の魅力。管弦楽がピアノを独奏カデンツァへと導けば、そのピアノは管弦楽を勇壮なコーダへと誘います。
ピアノ協奏曲ともピアノ交響曲とも言えそうな力強いモーツァルトの自信作である、その第1楽章は感動的に幕を下ろすのです。
第2楽章 アンダンテ
[歩くような速さで]
第2楽章は静かなアンダンテです。穏やかなひだまりのような、柔らかさに満たされています。
モーツァルトに意見を求められた姉のナンネルは弟の熱意を感じ、迷いながらもあえて助言を送ったのかもしれません。素直に指摘を受け入れて加筆された第2楽章は、その響きによりいっそうの優しさを深めます。
家族の温かい交流と対話の記憶は、その佳き響きを現代まで伝えてくれました。
第3楽章 ロンド:アレグロ・ディ・モルト
[非常に速く、快速に]
躍動感あふれ弾むように展開する最終楽章の、第1楽章の壮大さとの違いをあえて表すなら、リズミカルなテンポとスピード感です。風を切って駆け抜けるような、心地よい軽やかさを持っています。
聴きどころのひとつは、中間部のピアノと管楽器たちとの対話です。フルートに誘われてピアノが歌いだせば、オーボエが応え、ファゴットも微笑みつつお互いに歌を交換し合いながら楽しいひと時を過ごします。
オーケストラ全体が一体となって祝祭的に盛り上がっていきます。当時のモーツァルトの情熱が音楽として結実した明るくも力強いエネルギーに満ち溢れたフィナーレです。
名盤3選の感想と解説

ダニエル・バレンボイム:ピアノ&指揮|ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
【名盤の解説】
演奏に円熟味を増しながらも、きらめくようなピアニズムが健在なバレンボイム。モーツァルトのピアノ協奏曲全曲の再録音です。
1960年代後半から70年代前半にかけて録音されたバレンボイム弾き振りによるモーツァルトのピアノ協奏曲全曲録音も名盤として有名です。軽やかな中に磨き抜かれたバレンボイムのピアノが光るモーツァルトは多くのファンを魅了してきました。
今回紹介するのは、1980年代後半から90年代にかけてのベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との録音。ドッシリと腰を据えた深みのあるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のサポートが、バレンボイムのピアノを引き立てます。
華やかで勢いのある第16番を、新録音によるシンフォニックな雰囲気で聴くのも良いものです。交響曲のようなスケール感を持つこの第16番を、豊潤な響きの中で味わえる素晴らしい名盤と言えます。
アルフレッド・ブレンデル:ピアノ|サー・ネヴィル・マリナー:指揮|アカデミー室内管弦楽団
【名盤の解説】
ブレンデルのピアノが放つ、転がる珠(たま)のような一粒一粒が美しい。マリナー率いるアカデミー室内管弦楽団の引き締まったアンサンブルが、その透明な音色を存分に引き立てます。
両者が交わし合う対話の美しさに心奪われる思いです。第3楽章は快速に飛ばしながら、ブレンデルの音の珠が自在に弾ける様がありありと見えるように感じます。
テンポのコントラストを大きく際立たせつつも、その表現は常に知的で洗練された美しさを保っています。ブレンデルとマリナーのコンビが創り上げた、香り高くも優雅なモーツァルトの世界が楽しめる名盤です。
内田光子:ピアノ|ジェフリー・テイト:指揮|イギリス室内管弦楽団
【名盤の解説】
軽快に鳴り響かせながらの第1楽章から、内田光子の軽やかなピアノが弾みます。バックではジェフリー・テイトが、独特の気品を帯びた演奏でサポート。互いの息遣いまで聴こえてくるような緻密なアンサンブルが、曲全体に心地よい推進力を生み出しています。
第2楽章での優しくも柔らかな対話は、ピアノの響きをますます深めながらクリスタルのように透明度を深めてゆきます。そして、最終楽章では躍動感と輝きを放ちながら一気に駆け抜けるのです。
華麗さ際立つピアノ協奏曲第16番をスピーディに運ぶことで、その特徴を最大限に活かすことに成功した胸のすくような痛快な名盤です。
まとめ

ピアノ協奏曲第16番は、モーツァルトの並々ならぬ自信と情熱が結実した、まさに画期的な名曲です。オーケストラとピアノが対等にぶつかり合うシンフォニックな響きは、当時の協奏曲の常識を打ち破りました。
姉の助言に耳を傾け、より良い音楽を追求し続けたクリエイターとしてのモーツァルトの姿も浮かび上がります。華やかなエンターテインメント性と、身内への温かな思いが同居するこの曲を聴きながら、当時のモーツァルトの横顔が見えてくるような感覚です。
小品を含めると30曲近くあるモーツァルトのピアノ協奏曲の中で、この第16番はちょうど折り返しの地点。これからも、モーツァルトのピアノ協奏曲全曲を聴く旅を共に楽しみませんか。
そんなわけで…
『ひとつの曲で、
たくさんな楽しみが満喫できる。
それが、クラシック音楽の醍醐味ですよね』
今回は、以上になります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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