
ウィーンをとりこ
勝負曲から読む
モーツァルトの戦略!
25歳のモーツァルトは「フリーランス音楽家」としての道を歩み始めます。独立後、自らの立ち位置を築くための「ビジネス戦略」として着手したのがピアノ協奏曲第11番から第13番の作曲でした。本記事では、モーツァルトの新たな門出を象徴する「ピアノ協奏曲第11番」に焦点を当てます。
瑞々しい生命力と優雅な気品に満ちた楽曲の背景や、聴きどころ、魅力を引き出す名盤3選を詳しく解説します。
ウィーンでの独立とピアノ協奏曲

大好きなお父さん!まだ腹が立ってしようがありません!お父さんも、ぼくの最上最愛のお父さんだから、きっとぼくと同じでしょう。ぼくがどこまで我慢できるか、みんなは今まで試していたのです。しかしとうとう我慢し切れませんでした。ぼくはもうザルツブルクで仕える不幸な身ではありません。今日はぼくにとって幸運な日でした。
柴田治三郎 編訳『モーツァルトへの手紙』より(1781年5月9日 父親宛て)
1781年、25歳のモーツァルトは、長年仕えたザルツブルクの大司教コロレド伯と決裂しますが、これが「フリーランス音楽家」としての独立宣言となります。
新天地ウィーンへと移り住んだ彼が、自らの地位を確立するためにまず着手したのが、ピアノ協奏曲第11番から第13番(K.413‐415)の作曲です。ピアノ協奏曲の作曲に力を入れたことにはモーツァルトなりの意図がありました。
少年時代にヨーロッパを巡りながら、神童として注目を集めたのはピアニストとしてのモーツァルトでした。ウィーンでの独立にあたりピアニスト兼作曲家として活動することが、聴衆の関心を引く最も確実な道だと考えていたのでしょう。
現代でもアーティストが自ら歌い、作詞や作曲も同時に行えばより注目を集めることができますが、それに近い感覚かもしれません。ウィーンの聴衆を虜にするためのモーツァルトなりのビジネス戦略だったとさえ思えてきます。
ザルツブルク時代の束縛から解放され、自らの興行(予約演奏会)を成功させるためには「勝負曲」が必要でした。独立直後のモーツァルトは、驚異的なスピードで活動を展開します。1782年末から1783年初頭にかけて、予約演奏会のために3曲のピアノ協奏曲を用意しました。
完成済みの第12番以外に新たに2曲(第11番と第13番)を書き上げるという流れで、自らのコンサートの目玉に据えたのです。ウィーンで発表されたこの3曲は、オーケストラの編成を調整可能にするなど、より広い市場での出版や演奏を意識した作りになっています。
»ピアノ協奏曲第11番から第13番の作曲順や編成についての詳細はこちらの記事へ
父親への手紙の中で「今日はぼくにとって幸運な日でした」と語ったモーツァルトにとって、これらの作品は単なる楽曲ではありません。
自由を手にした喜びと独立への覚悟を固める「決意表明」ともとれるかもしれません。
第11番から13番こそが、第14番以降の充実期、および音楽史上重要な「後期ピアノ協奏曲(第20番から27番)」へと向かう橋渡しとなりました。
初演(仮説):
1783年1月11日 市立集会場 アウフ・デル・メールグルーベにて
編成:
ピアノ独奏
弦5部、オーボエ×2、ファゴット×2、ホルン×2
各楽章を解説

第1楽章 アレグロ
[速く]
第1楽章から弾むような三拍子を採用するのはモーツァルトには珍しく、編曲作品である4番を除けば実質的な初めての試みです。
気品と優雅な情緒が漂い、当時のウィーンの聴衆を虜にするような、洗練された響きが貫かれています。一点の曇りもない青空を仰ぎ見るような、清々しい充足感に満ちた幕開けです。
第2楽章 ラルゲット
[少しゆったりと]
穏やかに晴れた春の午後、子どもたちがまどろみの中で幸福な夢を見ているかのような、慈しみに満ちた音楽です。
透明なシャボン玉に包まれ、あたたかな陽光が降り注ぐ空中をふわふわと漂っているような心地よさがあります。
日常を忘れるほどの穏やかさと優しい気持ちに包まれます。
第3楽章 テンポ・ディ・メヌエット
[踊るようなテンポで]
まるで鮮やかな色彩を持った絵の具を大空に向けて放ったときの開放感。空の水色の中に原色の赤や黄色が加わって賑やかに楽しく絵画が仕上がっていくような曲調を持つ最終楽章です。
瑞々しい生命力が弾ける、明るくさわやかな雰囲気を持ったフィナーレです。
名盤3選の感想と解説

ダニエル・バレンボイム:ピアノ&指揮|イギリス室内管弦楽団
【名盤の解説】
控えめな11番を聴くにはエレガントな印象をまとった名盤が、曲本来の枠を超えた魅力を引き出してくれます。バレンボイムによるロマン派のような美しくも艶やかなピアノで聴けば、11番がより輝き出すのです。
1960年代後半から70年代にかけて録音されたこの全集の一枚で、イギリス室内管弦楽団のサポートもバレンボイムを引き立てます。ピアノ協奏曲第11番の持つ簡素な中に潜む色彩感を鮮やかに浮かび上がらせた名盤。
バレンボイムの若々しくもなめらかな指運びでこの曲を聴けば、地味だと思われていた11番が、高貴な輝きを放ち始めます。
ウラディーミル・アシュケナージ:ピアノ&指揮|フィルハーモニア管弦楽団
【名盤の解説】
ピアノ協奏曲第11番が持つ香り高さを、優雅な音楽のうねりとして表現したアシュケナージによるピアノとオーケストラ。過度な主張を抑えつつも、一音一音が真珠のように磨き抜かれています。呼応するフィルハーモニア管弦楽団とともに、モーツァルトの持つ優美な音楽世界を描き出すアシュケナージ。
「曲の魅力を引き出す洞察力」はまさに圧巻。どんなに些細なフレーズもおろそかにせずに愛情を込めて奏でることで、ピアノ協奏曲第11番の持つ情熱と気品が同居する魅力を表現しています。
ゲザ・アンダ:ピアノ&指揮|カメラータ・ザルツブルク
【名盤の解説】
軽快なテンポで楽天的に展開する名盤。指揮者フルトヴェングラーをしてピアノの吟遊詩人といわしめたほどのリリックな面も持ち合わせています。音楽家として成功への階段を駆け上がっていた当時のモーツァルトを思わせる明るい雰囲気が印象的。
アンダの弾むリズムと軽やかなタッチは、まさに当時のウィーン気質の洗練を体現しています。
一転して、第2楽章ではゆったりと歌うピアノの美しさも聴き手の心を優しく包み込みます。全体を通して速めのテンポが心地よい緊張感を生みつつ、独立当時のモーツァルトが抱いていたであろう希望に満ちた心情が見事に再現されています。
時代背景と演奏者の個性が分かちがたく結びついた、爽快な読後感ならぬ「聴後感」を与えてくれる名演です。
まとめ

ピアノ協奏曲第11番は、ザルツブルク時代の束縛から解き放たれ、新天地ウィーンで聴衆の心をつかもうとしたモーツァルトの熱意が詰まった一曲。
洗練された響きは、後の「後期ピアノ協奏曲(第20番から27番)」という黄金時代へ繋がる重要な架け橋となりました。
バレンボイム、アシュケナージ、ゲザ・アンダといった巨匠たちの名演を通じて、自由を手にした若き天才が描いた「希望の色彩」を言葉で伝えさせていただきました。
お時間のある時にでも、隠れた名曲でいっぱいのモーツァルトのピアノ協奏曲を存分に聴いてみてくださいね。
そんなわけで…
『ひとつの曲で、
たくさんな楽しみが満喫できる。
それが、クラシック音楽の醍醐味ですよね』
今回は、以上になります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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