
失意と自立!
天才と弟子との
華麗なデュオ
2台のピアノが活き活きと歌を交わし合いながら、豊かなふくらみを持って展開するピアノ協奏曲第10番。若きモーツァルトが、転職を目的としたマンハイム・パリ旅行から失意のまま帰郷してからすぐに書かれました。
自由に紡いだ音符からは、創作への喜びや音楽を奏でる楽しさがあふれ出しています。
後にウィーンで演奏する際に、共にピアノへ向かった音楽的素養のある女性弟子アウエルンハンマー嬢の知られざる物語とその後。そして、各楽章が持つ独自の魅力までをお伝えします。
今回は、モーツァルト:ピアノ協奏曲第10番の解説とおすすめ名盤を紹介します。
自由に発想した輝かしい協奏曲

失意の帰郷と創作への希望
このコンチェルトは幸福感、明朗、楽想案出のあふれんばかりの豊かさ、自分自身に対する喜びの作品であるーーこれは、創造の秘密と伝記的体験とがいかに僅かしか関連しないかを示す証拠である。なぜならこの作品は、モーツァルトが生涯で味わった最も苦い幻滅のあとで成立したものだからである。
出典:アルフレート・アインシュタイン 著 浅井 真男 翻訳「モーツァルト:その人間と作品」p402より引用
ピアノ協奏曲第10番は、モーツァルトが制約に縛られることなく自由に発想した名曲です。作曲直前まで続いた1年余りのマンハイムパリ旅行中は、依頼主の技術レベルに合わせて曲を書かなければならない苦労がありました。しかし、ピアノ協奏曲第10番は、高度な技術を持った姉ナンネルとの演奏を前提に自由に書かれたと考えられています。
アルフレート・アインシュタインの解説では「最も苦い幻滅のあとで成立したもの」と記されています。その反動として「幸福感、明朗、楽想案出のあふれんばかりの豊かさ」を持つ曲が誕生したのでしょうか。
転職の旅は失敗し、同行した母をパリで亡くしてアロイジアへの恋にも破れた失意の時期に、ピアノ協奏曲第10番は書かれました。 しかし、あえて高度な技巧を要する曲の創作に没頭することで、過酷な旅で傷ついた心の均衡を保っていたのかもしれません。
後にウィーンで独立したモーツァルトは、自身のPRを兼ねて本作を数回の演奏会で披露しています。 演奏には高い技術を持つ共演者が不可欠なため、その才能を認めていた弟子のアウエルンハンマー嬢とコンビを組みます。
女性作曲家兼ピアニストとその恋心
アウエルンハンマー嬢は、演奏会でモーツァルトから第1ピアノを任されるほど優秀な弟子でした。モーツァルトの手紙で何度か登場する才女で、優れた演奏技巧を持ち、自ら作曲もこなすほどの実力派のひとり。しかしモーツァルト自身はその技術を評価しながらも、父宛ての手紙に女性としての見た目をあしざまに書いてしまうことがありました。
当時のアウエルンハンマー嬢は、音楽の師であるモーツァルトに対して恋心を抱いていましたが叶いませんでした。同じ頃のモーツァルトは、歌手のアロイジアへの恋が実りませんでしたし、その妹のコンスタンツェと結ばれる兆しがあったことも影響していたことでしょう。
アウエルンハンマー嬢は、自身の容姿を考慮し生涯独身を決意した上で、音楽技術を活かした経済的な自立を目指していました。当時の保守的な時代としては、悲壮な覚悟と言えます。
ピアノ協奏曲第10番のウィーンでの演奏会は、モーツァルトにとってPR活動でもありました。しかし、音楽で独立を目指すアウエルンハンマー嬢にとっても、ある面でのPRになったのかもしれません。
ちなみに後年、アウエルンハンマー嬢はウィーンの役人と結婚して、3人の子を設けます。結婚後も家庭を維持しながら、音楽活動を引退することはありませんでした。ウィーンのブルク劇場や、その他の音楽会などで演奏会を行い、ピアニストや作曲家としてのキャリアを積んだ記録が残っています。
アウエルンハンマーの娘マリアンナも、母と同じ音楽の道を志し、声楽や作曲を教える教師として当時の音楽界に貢献しています。母親の引退公演では娘のマリアンナが共演し、母娘の絆が現在まで伝わっています。
編成:
ピアノ独奏×2
弦5部、オーボエ×2、ファゴット×2、ホルン×2
各楽章を解説

第1楽章 アレグロ
[速く]
2つのピアノが、堂々たる歌を響かせます。2台のピアノが対等にメロディを交わし合うのです。華やかさの中にも、親友同士のようなうれしさが満ちるモーツァルトらしい明るさを持った楽章。
ピアノ同士の対話が繰り広げられる中で、楽器たちは彩りを加え、曲の壮大さが存分に引き出されています。
第2楽章 アンダンテ
[歩く速さで]
柔らかくもたおやかなピアノ同士の対話は、まるで恋人たちが語り合っているかのようです。
静かなやり取りは、モーツァルトがかつて旅先で味わった失恋さえも、音楽の昇華によって穏やかな記憶へと変化する様を思わせます。
旋律詩人モーツァルトの優しさと天才ゆえの奇跡があるのかもしれません。音楽の彩りを刻々と変化させながら、聴くものの心へと深く染み渡ります。
第3楽章 ロンド:アレグロ
[速く]
輝くように弾ける展開は、最終楽章にふさわしく壮麗で、ピアノ同士の対話もより活気に満ちて喜びがふくらみます。
互いのフレーズを追いかけ、時には息を合わせて跳ね回る2つのピアノは、音楽を奏でる純粋な喜びを表しているかのよう。ザルツブルクでは姉のナンネルと弾いて楽しむために、ウィーンでは弟子の力に引き立てながらも何かを伝えようとするパッション。
快活で独特の躍動感を持った、聴き手の気持ちをも巻き込む華々しい最終楽章です。
名盤3選の感想と解説
イングリット・ヘブラー&ルートヴィヒ・ホフマン:ピアノ|アルチェオ・ガリエラ:指揮|ロンドン交響楽団
【名盤の解説】
ともすれば過度に壮大で重厚な演奏になりがちなピアノ協奏曲第10番。しかし、ヘブラーとホフマンのコンビは、本来の可愛らしく軽快なモーツァルト像を損なうことがありません。
ガリエラ指揮のロンドン交響楽団も、ピアノに寄り添うような温かみのある柔らかい響きを湛えたモーツァルト空間を作り上げています。ピアノ協奏曲第10番の推進力や力強さという面では、少し物足りなさを感じるかもしれません。
しかし「第10番としてのダイナミック感」を追うよりは、どこまでも純粋な「モーツァルトらしさ」の楽しさに浸りたいときにはおすすめできる名盤です。
マルタ・アルゲリッチ&アレクサンドル・ラビノヴィチ:ピアノ|イェルク・フェルバー:指揮|ヴュルテンベルク室内管弦楽団
【名盤の解説】
「モーツァルトって後期ロマン派の作曲家でしたっけ……。」
まるでリストかブラームスに聴こえる鮮烈で輝かしいモーツァルト像が炸裂します。アルゲリッチとラビノヴィチは、息の合った絶妙なアンサンブルを重ねながら、内にある熱意をほとばしらせます。
フェルバーの指揮も2人の熱量に応え「異質」とも言える圧倒的なパワーで一気に押し切るモーツァルトを展開。スリリングな掛け合いは聴き手の感情を激しく揺さぶり、古典派の枠組みを打ち破るほどの生命力に満ちています。
「演奏家たちの解釈によって、楽曲がこれほどまでに姿を変貌させるのかという、新鮮な驚き」を与えてくれる名盤です。
ウラディーミル・アシュケナージ:ピアノ|ダニエル・バレンボイム:ピアノ&指揮|イギリス室内管弦楽団
アシュケナージとバレンボイムという、モーツァルトのピアノ協奏曲全集の録音を完成させた2人が組んだ、この上もなく澄み切った名演。
先述したヘブラーのような「モーツァルトの思いに耳をすますような優しさ」と、アルゲリッチの「超絶技巧が冴える」2つ名盤。どちらも素晴らしい創造性の発露ですが、その優しさと情熱の間をそっと吹き抜ける風のような演奏が本名盤です。
同じヴィルトゥオーゾでも、繊細さを含んだアシュケナージと生命力を秘めるバレンボイム。お互いが「モーツァルト」という共通言語の中でピアノを通して交わしあった喜びと楽しみ。
「繊細と情熱」の溶け合いから放たれる気品あふれるモーツァルトです。
ロナルド・ブラウティハム&アレクセイ・リュビモフ|マンフレート・フス:指揮|ハイドン・シンフォニエッタ・ウィーン
【名盤の解説】
古楽器演奏ならではの素朴で瑞々しい響きによって、18世紀当時の空気を感じさせてくれる名盤です。ブラウティハムが奏でる、軽快に弾むフォルテピアノの音色が印象的。
1881年頃に出版されたクラリネット、トランペット、ティンパニを追加した編成版での演奏を試みています。後世になって楽譜が書き足されたという説もありますが、作品の壮大さをさらに拡げたエンターテインメント性の高さが味わえます。
追加楽器を除いた本来の編成での録音も同時に収録されており、贅沢な聴き比べが楽しめるアルバムになっています。
まとめ

姉のナンネルとの演奏を前提に、制約から解き放たれて自由に発想されたピアノ協奏曲第10番。逆境にあっても決して希望を失うことのない明るさを秘めた名曲です。圧倒的な生命力と音楽を奏でる喜びを、モーツァルトは届けてくれます。
作曲後のウィーンの舞台で、女性弟子のアウエルンハンマー嬢が、モーツァルトと並んで披露したデュオ。名曲の裏側には、普段あまり語られることのない人間味あふれるドラマが隠されているものです。
モーツァルトとその周辺の人たちのエピソードは、私たちにより一層の楽しさと深い味わいをもたらします。ぜひ、モーツァルトたちの人生物語を重ね合わせながら、今一度そっと耳を傾けてみてくださいね。
そんなわけで…
『ひとつの曲で、
たくさんな楽しみが満喫できる。
それが、クラシック音楽の醍醐味ですよね』
今回は、以上になります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
関連記事↓