孤独と苦悩
残りしものは
音楽への情熱のみか…
孤独と苦悩を受け入れて、純粋化していくベートーヴェンの音楽は旋律美と嘆きの歌へと昇華していきます。
第1楽章の柔らかさと第3楽章の堅固さを第2楽章のユーモアがつなぐ面白さと深みのあるピアノソナタの傑作。今回は、ベートーヴェンのバランスの美学、ピアノソナタ第31番の解説とおすすめ名盤を紹介します。
曲の解説
大曲の「第29番(ハンマークラヴィーア)」などと比べると、ずっと規模は小さくなり、内容も壮年時代の作品のように構えたところがまったくみられない。抒情的な第1楽章も美しいが、ベートーヴェンがみずから”嘆きの歌”と名づけた、悲痛な旋律がフーガ風に展開していく第三楽章がたとえようもなくすばらしい。そこには、病を得たことのある者にしかわからない悲哀感があふれ、聴くたびごとに胸を打たれるのである。
出典:志鳥栄八郎 著 「新版 不滅の名曲はこのCDで」P287より引用
解説にありますが、抒情的な第1楽章は良い意味で肩ひじの張っていない自然な流れを持っています。ベートーヴェンのメロディアスな面が強く流れ出した印象です。しかし第3楽章では心の孤独や痛みのようなものを切々と伝えてくる音楽です。圧巻はフーガで別名「嘆きの歌」とも呼ばれていて深く記憶に残ります。
1821年12月25日に完成した記録が楽譜に書き残されていますが、その後も練り直しを行い、書き直している形跡があります。最後に完成をみたのはピアノソナタ第32番の後でした。つまり、第31番は実質的には、ベートーヴェンが人生最後に完成させたピアノソナタだったといえます。
ピアノソナタ第31番は、最終的には献呈者が指定されていません。もともとは「不滅の恋人」の候補で知られるアントニー・ブレンターノに献呈する予定だったようですが理由は不明です。
各楽章を解説
第1楽章 モデラート・カンタービレ・モルト。エスプレッシーボ
「愛をもって」と指示されている第1楽章は、ベートーヴェンのピアノソナタ全体としてみてもメロディアスな1曲で好感が持てます。作曲当時には、後の世で有名になる曲を並行して作曲しています。
ミサ・ソレムニス、ディアベリ変奏曲、第九交響曲の3曲ですが、旋律のインスピレーションは泉が湧くようにあふれてやまない時期でした。ピアノソナタでも美しい旋律は流れ続けていたといえるかもしれません。
第2楽章 アレグロ・モルト
作曲当時にウィーンで流行していた歌のメロディが採用されています。弾むようなリズムを持ちながらユーモアで満たされています。
激しく乱れながら展開するダンスミュージックのようなテンションの高い歌を聴かせます。
第3楽章 アダージョ・マ・ノン・トロッポ|フーガ:アレグロ・マ・ノン・トロッポ
「嘆きの歌」と呼ばれる悲しみの深い部分と感動的な「フーガ」が折り重なりながら、ファンタジックな魅力を放つことで印象的な第3楽章。
第1楽章、第2楽章と違った個性を持った楽章で紡がれます。個性的な第3楽章が繋がっていながら全楽章の個性同士が不思議な調和をもたらしている絶妙さがピアノソナタ第31番の大きな魅力です。最終楽章でインパクトの強い3声フーガがしめくくる感動はまるで交響曲を聴いた後の高揚感に近いほど。
晩年のベートーヴェンがフーガを採用した例は多いです。有名な第9、弦楽四重奏曲第13番、ピアノソナタ第29番、そしてピアノソナタ第31番。どのフーガも各曲においての大きな役割が与えられて深く記憶に残るものになっています。
名盤3選の感想と解説
ダニエル・バレンボイム ピアノ
アルパカのおすすめ度★★★★★
【名盤の解説】
第1楽章のメロディアスな歌が悠揚とたゆたうようでとても楽しい名盤です。第2楽章が少し弾み方が足りない感はありますが、第3楽章のアダージョとフーガは情感のこもった演奏で惹きつけられます。
円熟の境地にあるバレンボイムの瞑想的な深みを加味したような雰囲気すら感じさせます。長年かけてベートーヴェンのピアノソナタと向き合いながら、深く熟考された音楽性がこんこんと湧き出てきます。
「嘆きの歌」からフーガに移る際、はしばしから感じとれるベートーヴェンの音楽の永遠性を垣間見るような名盤です。
アルフレッド・ブレンデル:ピアノ
アルパカのおすすめ度★★★★★
【名盤の解説】
全体の設計が緻密に行われている印象で、とてもバランスの良い名盤です。設計そのものは堅苦しくなることがなく、ブレンデルの放つピアノの音のキラメキが秀逸。いい意味でため息を誘います。
第1楽章の歌謡性や、第3楽章の押しつけがましさのない深み。少し突き放したような冷たさを感じる向きはあるかもしれませんが、ブレンデルのピアノの美感を堪能するには「冷たさ」こそが隠し味。バランスの妙が効いたまさしく「絶妙」な名盤です。
マウリツィオ・ポリーニ ピアノ
アルパカのおすすめ度★★★★☆
【名盤の解説】
変幻自在で七色にピアノの音が持つ光を操りながら展開する名盤です。微細に変化するリズムやテンポの心地よさはポリーニ独自のものといえます。
第1楽章では、ただ抒情的なだけではなく喜ばしく弾ける印象。程よい力強さも加味されて個性的です。第2楽章では思い切り無邪気に明るく遊びますが、そのコントラストさえも自在に活かして第3楽章へと移行します。
「嘆きの歌」では、その沈み方が濃度を増し、曲の聴かせどころのフーガでは音のドラマを重ね合わせながら天に向けて飛翔するような感覚です。皮肉な言い方をすれば完璧すぎて近寄りがたい、しかし、やっぱり超絶美しい名盤です。
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まとめ
ベートーヴェンのピアノソナタ第31番の解説とおすすめ名盤はいかがでしたか?
孤独と苦悩
残りしものは
音楽への情熱のみか…
柔らかさとユーモア、堅固さを合わせ持ちながら見事なバランスの美学を見せる名曲ピアノソナタ第31番の魅力をお伝えしてきました。
ベートーヴェン、晩年の深まりとともに旋律美も兼ね備えたピアノソナタの傑作、第31番。ぜひ、一度堪能してみてくださいね。
そんなわけで…
『ひとつの曲で、
たくさんな楽しみが満喫できる。
それが、クラシック音楽の醍醐味ですよね』
今回は、以上になります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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